今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文はこの刻々変わる気分に関わる回路を人間で特定しようとした研究で11月29日発行予定のCellに掲載される。タイトルは「An Amygdala-Hippocampus Subnetwork that Encodes Variation in Human Mood(扁桃体と海馬を結ぶネットワークが人間の気分の変化をコードしている)」だ。
実際どうして刻々変わる気分を脳レベルで記録できるのかと思うが、なんのことはない、脳内に電極を設置して長期間記録を続けている。これが可能なのは、てんかん発作が始まる場所を特定してその領域をできるだけ正確に取り除く治療法があり、この目的でてんかんが起こるまで電極を留置して記録が行われる。PETやMRIと異なり、実際の神経活動を長期間正確に測ることができるので、電極を設置した患者さんの許可を得て、さまざまな課題に関わる脳活動を調べるのに使われている。さらに、何故かてんかんが始まる場所は、辺縁系や海馬に多いので、感情の研究にはうってつけで(といってしまうと不謹慎だが)、このグループもこの機会をずっと準備していたと思う。
実際には21人のてんかん患者さんで海馬から辺縁系のさまざまな場所に電極を設置した患者さんを選び、長期間電機活動を記録する。この膨大な記録の中から、同期して一定のリズムで動く領域を選び出し、その活動の変化を長期間取り出して記録できるようにしている。この中で最も目立つのが、扁桃体と海馬がつながった回路で、特に13−30ヘルツの変化を示している。
これまでの研究から、おそらくこの回路を狙っていたと思うが、次に各患者さんの気分を刻々(20分毎)と点数で記録してもらっている。この時、落ち込んだ気分などは評価が難しいので、いい気分かどうかを指標で表してもらう。そして、刻々変わる気分の変化と相関する回路を選び出し、海馬と扁桃体の連結したセットのβ波活動が良い気分と逆相関するでことの特定に成功している。あとは、AIを用いて、この回路の活動から気分を予測できる定番の実験を行い、この結論が正しいことを確認している。そして、この回路の活動ははっきりしている患者さんと、特定できなかった患者さんを比べ、活動がはっきりしている人ほど、不安が強く、抑圧傾向を持っていることも明らかにしている。
人間で示されると、なるほどと納得できる論文だ。そしてこの結果から、このような回路を少しでも減らせれば、うつ症状をおさえられる可能性を示唆しており、今後深部刺激や、外側から磁場や電流を標的に照射するような治療が試みられるような気がする。人間の脳でも電極での記録がいかに大事かよくわかる研究だった。なんと言っても、この研究に参加していただいた患者さんに脱帽だろう。