この研究では認知症が認められない82歳の高齢者を89歳まで追跡し、その間に亡くなった669例について脳を調べ、アルツハイマー病(AD)と、それ以外に分けている。驚くことに、その内実は412人がアルツハイマー病と診断され、アルツハイマーでないと診断できるのは257例に過ぎない点だ。80歳を超えると、基本的にはある程度覚悟がいることがよくわかる。
この研究ではADと診断された脳の染色体構造をヒストンの9番目のリジンのアセチル化(H4K9ac)を指標に全ゲノムレベルで調べた後、アルツハイマー病による染色体の構造変化がTauの蓄積か、アミロイドの蓄積のどちらに強く相関するか調べ、Tauの蓄積が6000箇所のH3K9acマークが変化する一方、アミロイドの蓄積はほとんど変化に関係ないことを発見する。すなわち脳の染色体構造の変化は、圧倒的にTauの影響が強い。
次にゲノムのどの部位でH3K49acマークがTauにより変化するかを調べ、染色体が開いた箇所ほどTauによる変化が大きいことを明らかにしている。また、この染色体構造を反映して、DNAのメチル化や、さらにRNAの転写も並行して変化する。以上のことから、アミロイドの蓄積よりTauの蓄積の方が神経細胞の染色体構造の変化を誘導して、神経細胞の遺伝子発現を変化させることがわかった。
同じことがマウスでも見られるかについても、アミロイドが沈着するマウスと、Tauが沈殿するマウスで比べている。著者らは、ヒトの脳での結果と同じだと結論しているが、この場合はH3K9acマークの変化が、アミロイドでより強く認められているようで、結果は単純ではないと思う。ただ、Tauに注目すると、やはりH3K9acのマークが変化する場所はLADと呼ばれるクロマチんが閉じた場所ではなく、開いた場所である点で、人間の結果と同じであると結論している。
そして最後に、Tauを発現しているヒトiPSから神経細胞を分化させ、クロマチンの状態を様々な方法で調べ、Tauが染色体をオープンする強い力を持っているのではないかと結論している。
この研究のハイライトは、このTauによるクロマチンの開きを抑える可能性があるかどうかを、データベースでTauによる変化の逆を起こす分子を探索し、シャペロンHsp90を抑制することでTauによる変化を元に戻せることを明らかにしている。
以上、この染色体の変化が細胞レベルのどの変化に対応するのかについてはわかっていないが、昨日に続き、神経細胞への効果でいうと、Tauの方がはるかに強い作用を持っていることがわかり、さらには創薬標的分子まで明らかにした、点で、力作だと思う。