自閉症は人間の最も高次な脳の変化により、非典型的な行動が起こるのだが、その背景には必ず多くの分子の非典型的行動があり、それをベースに細胞レベル、発生レベル、脳構造レベル、神経ネットワークレベルと、非典型性はますます複雑に拡大していく。このため、行動を支配する神経ネットワークの非典型性にしても、自閉症との相関性は明らかにできても、明確な因果性を理解できるところまではいっていない。当然、発生や細胞レベル、そして分子レベルとなると、因果性をはっきりさせることなど、夢のまた夢に近い、それでも、各レベルが統合されている限り、なんとか相関性を積み重ねて、因果性にまでつなげたいと、研究者は膨大な努力を払っている。その一つが、iPSを使って、分子レベル、細胞レベル、発生レベルを繋ごうとする研究だ。
自閉症に限らず、高次の精神疾患の細胞レベルの解析にiPSを積極的に使っているのがソーク研究所のFred Gageのグループで、創意に満ちた面白い研究を続けている。今日紹介するのは彼らが患者さんからのiPSを用いて自閉症を解析した研究で、実に様々な問題にチャレンジしており、iPSで何ができるかを考える上で大変参考になる。タイトルは「Pathological priming causes developmental gene network heterochronicity in autistic subject-derived neurons(自閉症では文化のタイミングの異常で発生のネットワークの時間の同期生が失われる)」で、Nature Neuroscience オンライン版に掲載された。
すでにこのコラムでも2回紹介したが(2017,6.11 & 2017,2,18) 一部のASD患者さんはMRIを用いて生後1年までに診断が可能だ。すなわち脳の一部の体積の増大を指標に診断ができる。この研究はこの早期に診断された患者さんのコホートから脳の構造変化が見られる8人のASDからiPSを作成している。すなわち、ASDという症状だけでなく、発生過程での構造変化が確認された症例のiPSを使うことで、発生過程と構造を結びつけようとする計画だ。
まず樹立したiPSを大脳皮質神経細胞へ分化させる過程での遺伝子変化の正常からのずれを調べている。最初神経幹細胞(NSC)を誘導し、それを他の細胞から取り出して、14日間のプロトコルで分化誘導をかける。分化が進む14日間、神経細胞をFACSで純化し、その細胞の遺伝子発現を調べ、正常iPSとASD由来iPSからの分化を調べている。実験自体はあまりに膨大なので全ての詳細を省くが、このiPS、NSC,そして分化細胞へと進む過程で、ASD 由来細胞は通常分化が始まるとすぐに発現が下がり、その後徐々に発現が上昇するパターンを示す一群の分子(TM1遺伝子群と呼んでいる)だけが、正常に比べて全ての期間で発現が高いことを見出している。
このTM1と呼ぶ遺伝子群には、例えば軸索伸長必要な遺伝子など神経の分化にかかわる分子が多く、分化誘導後4日ぐらいで同期して動いてくるので、なにかの刺激に反応して発現が誘導されて分化に働く遺伝子であることがわかる。しかも、この変化に一致して培養中の神経細胞の軸索伸長が高まり、複雑な形態を示すことも分かった。また、同じような異型性を、3次元培養で作った脳組織でも確認している、。
これだけでも面白いのだが、Gage たちは現象論をなんとか因果性へと引き上げるための努力を惜しまない。 彼らが急に発現が変化することを発見したTM1遺伝子群の中からオーガナイザーとしての作用が強いFBX03を中心に、正常NSCに導入し、正常細胞の分化のタイミングが変わり軸索伸長が高いASD型に変化することを明らかにする。
さらに、Gage グループならでの極めつけは、NSCに異常分化誘導がかかることでASD型の細胞変化が出るとすると、NSCをすっ飛ばしてiPSから直接分化神経細胞を誘導すればASD型の異常は起こらないはずだと、iPSからNSCを飛ばして神経を誘導する実験系を構築して調べている。結果は期待通りで、iPSから直接分化したASDの神経細胞は、ASDの異常が正常化していることを明らかにする。
そして最後に、ASDでおこる異常分化誘導の前後で染色体の開き具合を調べ、大きなエピジェネティックな変化がTM1遺伝子で起こっていることを発見する。
以上の結果をもう一度まとめると、一般的なASDでは神経幹細胞から分化が始まる早い段階で、まだ特定できないシグナルが入って、TM1と分類した遺伝子群の染色体が開いて、文化に関わる遺伝子の発現が上昇し、その結果軸索がより強く伸長したりして、解剖学的異常が誘導される。この異常シグナルをスキップできれば、ASD型の細胞変化は起こらない。また、ASD型の誘導にはFXOB3などのマスター遺伝子も関わっているという話になる。
ともかく、シナリオを完成させるために、これでもか、これでもかと実験が行われている研究だが、iPSでこれだけのことが可能であることを示すお手本になっていると思う。
朝食を食べながら失礼いたします。
Physiome(From molecule to Function)の一例でしょうか?分子レベルと細胞レベルの異なる階層間を繋ぐ。コンピュータ内で数理的に繋ぐしかないと思ってましたが、こうした方法もあるんですね。他の分野でも、分子変化と細胞変化の因果関係解析に使えそうです。さらに、細胞→器官→人間と階層間を繋げればありがたいのですが。。。しかし、Wetな生命科学研究には体力いりそうですね。