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1月31日 高血圧の遺伝素因の特定(Nature Genetics 1月号掲載論文)

2019年1月31日
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私が当時科学技術会議議長の井村先生からミレニアムプロジェクトの発生・再生をまとめろと言われ、CDBの構想を進めている頃、同じ様に重点項目として推進されたのが、医科研の中村さんを中心にまとめられたゲノムプロジェクトで、病気と関係する遺伝子を疾患を持った人と、正常人のゲノムの比較から明らかにすべく、多くの研究者が集まっていた。他人の庭は美しく見えるというが、当時このプロジェクトから多くの疾患ゲノム研究がNature Geneticsをはじめとするトップジャーナルに掲載されていたのを思い出す。しかし、当時の面影は日本のゲノム研究から消えて久しいのではないだろうか。もちろんこれはわが国だけではなく、この数年全ゲノム解読やエクソームなど多くの新しい話題が増えて、疾患のGWAS研究について従来のような研究が発表されることは少なくなった。

ところが最近新たにGWAS研究と言われる疾患と関連する遺伝子を探索する論文が増えてきたように感じる。ただ今度は、100万人近い対象のゲノムを調べるGWAS研究で、Nature Geneticsについていえば、ほぼ毎回のように多くの論文が発表されるようになった。この背景にある一つの象徴が、UKバイオバンクで、なんと50万人規模の対象の様々なデータが集められており、これまで発見できなかった病気と相関する稀な遺伝子変異も含め、新しいことがわかると期待できるからだ。実際、この1ヶ月だけでも、レジリエンス(ストレスからの回復力)、幸せな気分、慢性鼻炎、高血圧など、病気に限らず多くの人間の性質についてのGWAS研究がこのバンクを使って発表されている。

今日紹介するバンダービルト大学を中心とする国際コンソーシアムからの論文はUKバイオバンクに匹敵する米国の退役軍人のバイオバンクと、UKバイオバンクの両方からデータを集め、高血圧のゲノムを再検討した研究でNature Genetics1月号に掲載されている。タイトルは「Trans-ethnic association study of blood pressure determinants in over 750,000 individuals (血圧の決定因子に関する75万人規模の連関研究)」だ。

このような大規模なGWAS研究が可能になった一つの要因は、異なるゲノムデータベースを合体させ、100万近い人のゲノムデータが得られることで、これがさらに新しいインフォーマティックスの主砲開発を促し、これまでの研究の中心だった頻度の多いcommon variantだけでなく、稀な変異についても検出できるようになったことが大きい。このために、既存のGWASデータいくつか集め、100万人規模のメタアナリシスを行うことが可能になった。

この研究では退役軍人とUKバイオバンクを合わせて75万人規模の遺伝子と血圧を調べ、高血圧関連遺伝子を探索している。

もちろんこれまで以上にcommon variantが見つかる。全部で505種類見つかり、そのうち収縮期血圧の高さに関わる遺伝子216、拡張期血圧の高さに関わる遺伝子76存在していた。このうち、304は既に相関があるとして報告されているが、大規模に調べることでなんと201種類の新しいSNPが明らかになった。

次に、これまで発見できていないタンパク質をコーディングしているエクソン上のrare variantを探索し、血圧や、高血圧とは逆相関する脈圧に関わる分子などを特定している。

特定されたSNPが見られた遺伝子についても詳しく書かれているが、興味がある場合は直接論文を見て欲しい。特定されたSNPが本当に血圧に関わるかを特定し、そのメカニズムを追求できるかが、GWAS研究の最大の問題だ。注目されるのは、この研究では今流行りのバーコードを用いたsingle cell transcriptome、腎臓から細胞を分離し、single cell 遺伝子発現をバーコードを用いて検討を行っている点で、特定した遺伝子の半分以上がこの方法で腎臓の尿細管に発現している事を確認し、尿細管が血圧を決める重要な細胞であることを示唆している。

他にも、薬剤との相関、分子の関連性を見るための経路解析、さらには、高血圧を様々な形質に分解して、それぞれとSNPとの相関を調べるPheWAS法などでSNPの意味を理解できることを示している。こうして見つかったSNPを一個一個丹念に突き詰めることで、間違い無く新しい治療標的が見えるはずだ。カルシウム拮抗剤やアンギオテンシン阻害剤などが出た後、なかなか新しいメカニズムの降圧剤は開発できていないことを考えると、このような大規模ゲノム研究は、その重要性がますます高まるように思っている。その意味で、生理学を研究する人たちには、重要なSNPリストができたと言える。

おそらくお分かりのように、今日この論文を紹介した最大の理由は、ミレニアムゲノム研究を経て20年、このように大規模データが揃うようになり、GWAS研究の新しい波が始まっているという実感を伝える為だ。しかし、わが国のこの分野はどうなっているのか、論文を読んでいるだけでは全く表面に見えてこない。

  1. Okazaki Yoshihisa より:

    当時の面影は日本のゲノム研究から消えて久しい.

    →高血圧ミレニアムプロジェクトでゲノム解析が行われていたのは2003年頃でしょうか?時期的には遺伝子治療も事故発生で『冬の時代』に突入した頃だったと思います。
    振り返れば、2003年頃からゲノム研究競争から日本は脱落したのではないかと思います。

    遺伝子の周辺に暗雲が立ち込み始めていた頃ではないかと思います。

    膨大な種類の塩基異常を指摘できても、果たしてその生理的意義は???
    疾患の遺伝子異常発見して、その次どうやって治療法に結びつけるの?
    おまけに、一人の全ゲノムを解読するのに、何億円、10年の年月がかかるではないか。etc

    科学的には面白いかもしれないが、一体どんな医学的な意義があるのか?遺伝子研究には??
    と当時思いはじめてました。

    そうしたこともあり、大学院の研究テーマはDevice方面にしようと思いつきました。遺伝子研究が混迷を深めはじめていた当時、生体工学方面の先生の主張は、ゴモットモと思えました。

    ところが、その後、様々な技術革新がゲノム領域で発生し、状況は大きく変わろうとしているようです。

    結局、最近思うのは、日本、日本人の多様性の低さが弱みになっているのではないか?との感想です。

    皆、一斉に一つの方向に走ってしまうのです。

    PubMed、ネット散策すると、世界では、えっ??て思う視点で研究している人々が大勢いるみたいです。

  2. 安藤晴夫 より:

    平田さん、
    早速のご紹介多謝!
    流れを俯瞰できるますね。

    山下さん、
    感想とコメントを聴かせてください。

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