AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 2月4日 統合失調症の異常回路を直す(1月30日American Journal of Psychiatryオンライン掲載論文)

2月4日 統合失調症の異常回路を直す(1月30日American Journal of Psychiatryオンライン掲載論文)

2019年2月4日
SNSシェア

ガンの免疫療法が最近急に注目を集めるようになった最大の理由は、ガンに対する免疫過程を正確にモニターし、効果の予測が可能な科学的な治療を行うことができるようになったからだ。実際、私が大学に勤めている頃は、ガンに対する免疫がいつも成立しているかどうかすら確認することは簡単ではなかった。

当時の免疫学と同じような状況が、統合失調症など多くの精神疾患にも当てはまるような気がする。精神疾患の背景には、大脳の神経ネットワークの異常があると考えられるが、様々な症状と、脳の神経ネットワークの因果関係を特定することは、様々な脳内の画像解析法が進歩した現在でも簡単ではない。また、「脳内ネットワークの異常と症状の因果性が確定したとしても、現在ではその回路を繋ぎ直すことは難しい。・・・」と考えていたが、なんとそれができることを示した論文がハーバード大学のベス・イスラエル病院からAmerican Journal of Psychiatry オンライン版に発表された。タイトルは「Cerebellar-Prefrontal Network Connectivity and Negative Symptoms in Schizophrenia (小脳と前頭前皮質のネットワーク結合性と統合失調症のネガティブ症状)」だ。

この研究が注目したのは統合失調症の症状の中でもnegative symptomsと呼ばれる、普通の人にはあっても患者さんで失われている性質だ。例えば、感情的な反応、モチベーション、社会性、自発的動き、などの喪失はすべてnegative symptomsだ。このような喪失は、それぞれの過程に必要な脳内ネットワークの欠損によると考えるのが一番自然だ。すなわち、神経結合が低下しているため、行動が低下すると考える。

この研究ではまず44人の統合失調症患者さんの機能MRIを撮影し、negative syndromeと相関が高い脳内の結合を探索し、特に右脳の背側外側前頭前皮質と小脳との結合が低下するとnegative symptomが高まることを確認する。

これまでこのような研究は何度も行われていると思うが、negative symptomに焦点を当てたことがこの研究の特徴だ。さらに、症状との相関を確認した後、この研究ではなんと頭蓋の外から電磁波を照射して特定の場所の神経結合を高めることがわかっているTMSを一日2回、5日間照射することで、この結合を高めて、症状を変化させられないか調べている。

データを見ると、照射した7人のうち、3−4人で結合の明確な改善が見られ、また一人では悪化が見られている。症状についてみると結合が変わらなかった一人を含め、5人でnegative symptomが改善している。また、脳全体を調べて、症状改善が基本的には前頭前皮質と小脳との結合の改善の結果だと結論している。

結果は以上だが、本当なら特定のネットワークの異常を治すことで症状を改善するという因果的な治療が可能であることを示した画期的な研究のように思う。もちろん、統合失調症の全症状をもたらす多くの脳の変化については複雑で、この研究では全く扱うことができていない。また、今回の結果も統合失調症に特異的かどうかは分からない。従って、統合失調症の治療としては、今後も薬剤により全体の活動を調整する方針を変えるまでにはいかないだろう。しかし、神経管の結合を標的とする治療が可能であることを示せた点で、何か新しい時代を感じさせられる。同じように、自閉症など発達期の障害がうまく治療できないか、期待している。

  1. Okazaki Yoshihisa より:

    1:様々な症状と、脳の神経ネットワークの因果関係を特定することは簡単ではない

    2:脳内ネットワークの異常と症状の因果性が確定したとしても、現在ではその回路を繋ぎ直すことは難しい


    特定のネットワークの異常を治すことで症状を改善するという、因果的な治療が可能であることを示した画期的な研究の可能性あり。

    分子の言葉だけでなく、ネットワークレベルへの介入も可能になりつつあるんですね。計算論的精神医学とかの本も出版されてるようです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。