ゲノム解析論文で面白くかつ身近に感じられるのが、ビールやワイン、そして酒作りに使われる酵母のゲノムが研究で、酵母のルーツをたどり、それを利用する人間の歴史に想いをはせることができる。このブログでも昨年の4月にフランスストラスブール大学からの論文(http://aasj.jp/news/watch/8344)、また2016年9月にはベルギー・ルーベン大学からの論文も紹介した(http://aasj.jp/news/watch/8344)。
今日紹介するNYロチェスター大学からの論文は、4種類のビール醸造に使われる酵母のルーツを調べた研究で3月5日号のPlos Biologyに掲載された。タイトルは「A polyploid admixed origin of beer yeasts derived from European and Asian wine populations (ビール酵母はヨーロッパとアジアのワイン造りで使われる酵母の交雑と倍数化によりできた)」だ。
これまで紹介した酵母に関する研究は、人間により様々な目的で使われるようになった酵母全体を比較する研究だったが、今日紹介する論文は、Lager, ドイツのAle(ケルシュやアルトを指す)、英国のAle、そしてパン酵母と親戚のビール酵母の4種類の配列を詳しく解析し、これらのルーツをこれまで集まった酵母のゲノムデータと比べることで特定しようと試みている。
この研究のハイライトは、ヨーロッパのビール酵母が、アジアの酒づくりの酵母とヨーロッパのワイン酵母が交雑による組み換えによってまみじりあってできていることの発見で、例えばベルギービール酵母T58は4倍体だが、それぞれの染色体は酒にも使われるアジアの酵母と、ヨーロッパのワイン作りに使われる酵母のゲノムが混じり合って、染色体のかなりの部分を占めていることがわかった。実際には、Lager, ドイツAle, 英国Aleが別れる前に、アジアの酒酵母がワインの酵母と交雑して出来上がったと言える。
また、ほとんどのビール酵母は3倍−4倍体で、交雑が起こった後、美味しいビールを求める人間による選択圧で多倍化してできたことがわかる。またそれぞれの染色体は極めて多様で、多倍体化したあと大きく変化したこともわかる。
結果はこれだけで、素人にとっても、ビール酵母がまずワインと酒酵母が混じり合った後、独自に進化したという話は意外で面白い。ではこの交雑がどこで行われたのか、人為的か、自然に起こったのかなど肝心なことはわからないままだ。全ての酵母は中国に始まるが、この交雑はワイン酵母と酒酵母が別れた後起こっているため、それぞれの文化がシルクロードを通して交流する中で起こったと考えられる。
今後は、それぞれの酵母をどのように飼い慣らしていったのかの文化人類学的研究を深めて、今回わかった酵母ゲノムの結果と対応させることが重要になる。あのビールを着想し発展させた民族は誰なのか、興味が尽きない。
全ての酵母は中国に始まる。
ビール酵母:
ワイン酵母と酒酵母が混じり合った後、独自に進化した。
この交雑がどこで行われたのか、人為的か、自然に起こったのかなど肝心なことはわからない。
→人類と酒は切っても切れない関係=人類と酵母も切ってもきれない関係