ただ、論文紹介というより、古代人ゲノム研究の先駆者で、前ライプチッヒ・マックスプランク人類進化研究所、スバンテ・ペーボ博士の著書「Neanderthal Man」の紹介と言えるかもしれない(和訳は「ネアンデルタール人は私たちと交配した」と少し品を落としたタイトルになっている。どうせならストレートに「・・セックスした」にしたほうが良いように思う)。
先日ドイツ科学の卓越性について書いたが、おそらくペーボさんはドイツ科学を支える精神性を示す代表者の一人と言えるだろう。
まずドイツ人ではないが(スウェーデン人)、新しいマックスプランク研究所の設立を任された。
また、ミレニアムへの意気込みを持って支援された領域が、人類進化学で、はっきり言ってすぐに役立つような研究対象でない。
そして、彼がスタートさせた研究所は、ゲノム、人類学、サル学、言語学、心理学などの研究が行われる、まさに分野を超えた研究所だった。
さらに、ネアンデルタール人のゲノムが解読できそうになると、リクエストに応じて必要な支援が惜しみなく提供されていることにも驚いた。
「Neanderthal Man」にはこの間の事情がよく書かれており、ドイツ科学の卓越性の秘密の一端を知ることができる。我が国の政策担当者には「ネアンデルタール人は私たちと交配した」という知識を仕入れる目的より、ライプチッヒ研究所の成功がどう計画され、成し遂げられて行ったのかを学んで欲しいと思っている。
そしてもう一つ、ドイツと我が国の不倫に対する寛容さの大きな違いもこの本から読み取って欲しいと思う。「急に不倫とは何事ぞ?」と思われるかもしれないが、何を隠そう私がこの本を読んで最も感銘を受けたのは、自分の不倫を隠さないペーボさんの率直さだ。
長くなるがペーボさんが奥さん、Lindaさんと初めて出会った一節を私の拙い訳で引用する。
「 ・・・バークレーで興奮の毎日を送っているとき、毎日ラボにバイクで通ってくるLindaのボーイッシュなルックスと彼女の頭の良さに強い印象を受けていた。それでも当時は、私にはボーイフレンドがおり、エイズの支援活動に心が向いていたので、MarkとLindaが付き合ったと知っても特に打ちのめされることはなかった。MarkとLindaはその後ペンシルバニア大学に移り、結婚、二人の子供を授かることになる。しかし、私とLindaの関係はこれでは終わらなかった。」
これに続いて、Mark/Linda夫婦がドイツを訪れたのを機会に、映画館でLindaさんと不倫に至ることになる。そして、こんな不倫にいたった気持ちについて以下のように率直に述べている。
私はこれまで自分がゲイだと思ってきた。道を歩いていても、常にイケメンに目が向いていた。それでも、付き合ってみたいという気持ちを隠さない積極的な女性にも惹かれていた。
結局、Lindaさんはペーボさんと結婚するが、経緯については是非「Neanderthal Man」を読んで欲しい。
ドイツを代表する研究所の所長が、自らの不倫と性的傾向を赤裸々に述べている。そして、ドイツではこのことを問題にしてペーボさんに辞任を迫る人はいない。
ドイツに留学して、政治家や科学者の不倫への寛容さを実感してきた私は、最近の我が国の不倫報道とバッシングを見ていると、耐えられないし、ドイツと日本の精神的成熟度の差を感じる。そしてこれがドイツの科学の卓越性と無関係だとは思わない。
こう感じるのは私だけでないだろう。最後に今年4月に亡くなった熊本大学医学部が科学研究で卓越した機関になるために心を砕かれた林先生からいつも聞かされていたエピソードを紹介して終わろう。
とある教授選考の際、業績では他を圧倒していた候補者について、不倫問題を出して反対する意見が出たらしい。そのとき林先生は「あやかりたいね!」と一言発せられ、不倫を教授選考に持ち込む愚を諭されたらしい。亡くなられる前お見舞いに伺うと、この話を繰り返し語られたが、おそらく林先生も、日本を指導する人たちの精神的成熟を願ってこの話をされたのだと思う。
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