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化学戦争を乗り切るための遺伝子治療:考えてみると恐ろしい研究

2020年2月3日
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化学兵器として使われるガスには様々な種類があるが、我が国で最も知られているのが、オウム真理教が無差別テロに使用したサリンをはじめとする有機リン化合物だろう。イラクではクルド人虐殺や湾岸戦争に使われたのではと疑われているが、実際のところ明確に戦争に使用されたという証拠は無いらしい。しかし、オウム真理教でも合成できるということは、密かに生産が行われており、戦争やテロに用いられる可能性は常に存在する。

これに対して、私のような平和ボケ人間は防毒マスク以外に避ける方法は無いと思ってしまうが、同じ生命科学でも、軍の研究者は私たちが思いもかけない対処法を考え付くようだ。今日紹介したいのは、米軍の化学防衛研究所からの論文で、有機リンを分解する酵素を肝臓に導入して神経ガスを耐え抜く身体を開発しようとした研究だ。タイトルは「Gene therapy delivering a paraoxonase 1 variant offers long-term prophylactic protection against nerve agents in mice(paraoxonase1変異遺伝子を導入する遺伝子治療によってマウスは神経ガスに対して抵抗性を獲得する)」で、なんと1月22日Science Translational Medicineに掲載されている。

有機リンガス兵器は呼吸器官から吸入した後血液中に溶け脳内でアセチルコリンエステラーゼを無毒化し、最終的に呼吸を支える筋肉が麻痺して死に至る。この研究の発想は単純で、有機リンを分解する酵素遺伝子をあらかじめ肝臓で発現さて、末梢血中で有機リンを分解させるというアイデアだ。

このグループはすでに無毒化分子としてparaxonase1を選び、機能を高めた変異分子IF11を開発している。この研究の目的は、この分子をコードする遺伝子を導入してガス攻撃に耐えるマウスを作れるかだ。様々な条件を検討した結果、アデノ随伴ウイルスを用いた遺伝子ベクター(導入のための運び屋)としてAAV8、遺伝子の発現を誘導するためにTGB遺伝子プロモーターを選び、これをマウスに注射している。

この方法だと、遺伝子は肝臓細胞に導入され、5ヶ月以上大量にparaoxonase1を合成し続ける。また注射するウイルスベクターの量に応じて血中のparaoxonase1の濃度を上げることも確認している。

あとは、この遺伝子を導入したマウスは、毒ガスに耐えるか調べるだけだが、予想通りだ。

有機リン化合物には様々な種類があり、処理効率(必要な血中のparaoxonase1濃度で代表されている)は異なるが、一定濃度さえ確保できれば全ての化合物に暴露しても、マウスはビクともしないで、普通の活動を続けることを示している。

実際には他にも様々な実験を行なっているが、詳細は省いていいだろう。要するに、ガスマスクなしに神経ガスをものともしない体を作ることができるという話だ。テロや戦争から身を守るために、ウイルスを予防的に注射する時代がこないことを祈りたい。

  1. okazaki yoshihisa より:

    ABBV-744がスーパーエンハンサーを解消し、抗癌作用を示すことを確認している。

    Imp:
    クロマチン高次構造変異も抗悪性腫瘍薬の重要なターゲットのようです。

    急性前骨髄球性白血病に対するレチノイン酸を使った分化誘導療法のようなコンセプトの治療薬開発も夢ではないかも。。。

    1945年、敗色濃厚になったドイツにて、アドルフ・ヒトラーは国内向けのラジオ放送を行います。
    「ヒトラー最後の演説」と呼ばれるものです。
    ヒトラー曰く、
    『未来に起こる世界最終戦争において、「超人兵団」と呼ばれる最強軍隊=ラストバタリオンを率いてナチスドイツは蘇るであろう』
    この論文の治療を人間の兵士に施せば、ラストバタリオンを造りだせるかも。。。
    DARPAが資金提供しているのでは?
    エキセントリックな考えが、頭をよぎりました。

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