4月28日 新型コロナウイルス感染は、妊婦さんに対してどれだけ危険か?(JAMA Pediatrics 4月22日号掲載論文)
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4月28日 新型コロナウイルス感染は、妊婦さんに対してどれだけ危険か?(JAMA Pediatrics 4月22日号掲載論文)

2021年4月28日

少なくとも関西では、遅れるワクチン接種を嘲笑うかのように、新型コロナウイルスが猛威を奮い続けている。大阪ではなんと自宅待機者が1万人を超えているということで、当然家族内の伝播は必至だ。しかも今回のタイプは子供にも同じように感染するとなると、新しいフェーズに入ったと言えるのかもしれない。

この状況を見て心配になるのは、様々な弱者への感染拡大だ。そこで、今日は妊婦さんへのCovid-19感染の問題、明日は自閉症児のマスク着用の問題について、急遽論文を紹介することにした。

今日紹介するオックスフォード大学を中心とする10カ国以上の病院が集まった国際チームからの論文は、各国でCovid-19に感染した妊婦さんと胎児の経過を、非感染の妊婦さんと比べて、感染が及ぼす妊婦さんと胎児への影響を調べた研究で、4月22日号のJAMA Pediatricsに掲載された。タイトルは「Maternal and Neonatal Morbidity and Mortality Among Pregnant Women With and Without COVID-19 Infection The INTERCOVID Multinational Cohort Study (Covid-19感染の妊婦さんや胎児の合併症や死亡率に及ぼす影響を非感染妊婦さんと比べる:Intercovid 多国間コホート研究)」だ。

なぜ最初にこの論文を取り上げることにしたかというと、昨年6月、このHPで「新型コロナ感染と出産」というタイトルで、いくつかの論文を紹介し(https://aasj.jp/news/lifescience-easily/13331)、

  • 妊娠しても感染リスクが上がることはない、
  • 感染により胎児の発生異常が生じる確率はほとんどない、
  • 母親から胎児への感染はない、

とまとめておいた。

そのまま読むと、感染しないに越したことはないが、間違って感染してもクヨクヨすることはないという結論になる。

ところが、今日紹介する論文は、ほぼ1年の経験を経て、もう少し深刻な結果になっているので、注意を促す必要があると感じ、緊急で取り上げた。

この研究では、706人のCovid-19に感染した妊婦さんと、条件を合わせた1424人の非感染の妊婦さんを、妊娠期間、出産入院、退院まで追跡、その間に見られた様々な合併症、死亡率などを、妊婦さんおよび胎児について調べている。

結果は深刻で、Covid-19感染により、

  • 妊娠による子癇リスクが1.76倍に上昇する。
  • 妊婦さんの妊娠中の死亡率(当然Covid-19によるものも含まれる)が22倍に上昇する。
  • 早産のリスクが1.59倍に上昇する。
  • 低体重児のリスクが1.58倍に上昇する。
  • 新生児の重症合併症リスクが2.66倍に上昇する。
  • 新生児死亡率が2.14倍に上昇する。
  • 13%で子供への感染が見られる。特に帝王切開児でリスクが高い。幸い、母乳からの感染はほとんど認められない。

以上、1年を経過して、Covid-19の妊娠経過への強い影響が示されたので急遽紹介した。

重症化はともかく、新しい変異型ウイルスの感染性は間違い無く高いので、妊婦さんは緊急事態宣言の有無にかかわらず、感染しないためのあらゆる努力を払って欲しいと思う。混乱するだけかもしれないが、将来を担う子供を考えると、妊婦さんもワクチンの優先接種対象にしてもいいぐらいだ。

4月23日 Covid-19ワクチン接種によるアナフィラキシー問診(米国アレルギー、喘息、免疫アカデミーからの勧告)

2021年4月23日

今日の論文ウォッチはあまりにマニアックだったので(https://aasj.jp/news/watch/15431)、Journal of Allergy and Clinical Immunology: In Practiceに掲載された、米国アレルギー、喘息、免疫アカデミーが発表したCovid-19ワクチン接種時の問診についての勧告をエクストラで紹介することにした。

この勧告を読んでいると、先手先手を打つことの重要性がよくわかる。現在、米国ではなんと1日200万人のワクチン接種が行われている様だが、これがバイデン新政権とかぶって、政治のリーダーシップの重要性が印象づけられる。

一方、我が国では、来週から3回目の緊急事態宣言だ。必要なら緊急事態宣言を発することは当然のことだが、この事態に対応する準備が1年前と全く異なっていないことに驚かされる。なぜ1万人以下の感染者で医療崩壊が起こるのか、聞こえるのは言い訳と責任転嫁ばかりで、政治も行政も無能を曝け出している。しかも、医療崩壊目前になって初めてアクションを起こすと言う体たらくだ。

この無能をカバーできるのはワクチンだけだと思い知った様だが、最初の頃「我が国の感染者は少ない」、「ワクチン開発には10年かかる」「国産が安全」「他国の様子を見てからで良い」などと、間違った意見を耳にした結果の初動の遅れで、今になってもワクチンが足りず、医療従事者すらまだ接種が終わっていないという有様だ。実際には、ウイルスゲノムが発表された1月10日の遺伝子配列を参考に、1月14日にはモデルナは人に接種できるワクチンを用意していた。

最近白井聡さんの「主権者のいない国」を読んだが、そこで述べられていた、我が国の政治家にとっても、また彼らを選んでいる国民にとっても、「向き合うべき社会が存在しない」、という観点はコロナ問題で露呈した我が国の問題をうまく説明していると首肯する。

呆れて非難する気も失せるが、なんと連休はしっかり休んでから接種スタートと言う悠長な話とはいえ、ともかく一般へのワクチン接種はようやく始まる。この時、ファイザーであれ、アストラゼネカであれ、問題は以前紹介したアナフィラキシー副反応だ(https://aasj.jp/news/watch/14641)(アデノウイルスワクチンによる血栓は接種時の問題ではない)。

これに対応するため、現場で問診をしながらワクチンを打つと言う話を聞くが、おそらく時間だけかかって混乱するだろう。前回紹介した同じ米国アカデミーからの勧告では、4つの質問、

  1. 以前注射を受けた時強いアレルギー反応が起こらなかったか?
  2. ワクチン接種でアレルギー反応が起こった経験はないか?
  3. 食べ物、ハチ刺され、ラテックスに対してアレルギー反応を起こしたことがあるか?
  4. PEGやPolysorbateを含む注射に対するアレルギー反応の経験はあるか?

を予め読んでおいてもらって、質問4がyesでなければそのまま接種、yesの場合も30分経過観察で良いとしている。

今回はその後の経験を通した改訂版になるが、我が国でも見られた医療従事者にアナフィラキシーが多いと言う結果を考慮して作られたバージョンになる。

まず、アナフィラキシーの経験があるか(質問1)を聞いて、Noであれば文句なく何も聞かずに接種。

次に、あると答えた人には、ワクチンに関連するアナフィラキシーの危険がある具体的抗原を提示する

1、ポリソルベート80、2、ポリエチレングリコール、3、ポリエチレングリコール入りワクチン(mRNAワクチン)、そして4)ポリエチレングリコール入り経口剤(便秘に用いるミララックス)、

(質問2)。

この質問に対し、ポリソルベート80に反応したと自分で特定できる人は、これが含まれていないmRNA ワクチンへ誘導する。とくに、この分子に対する反応を繰り返した病歴がある場合は医師に相談。いずれにせよ接種すると決めれば30分経過観察。

ポリエチレングリコールが含まれる製品に反応した経験がある場合(例えば1回目のmRNAワクチンに反応した人)、米国の場合ヤンセン(我が国ではアストラゼネカなど)といったポリエチレングリコールを含まないワクチンに回し、30分の経過観察。

最後にポリソルベートにも、ポリエチレングリコールにも反応した場合は、医師に相談する。ただ医師に相談した場合も、ワクチンのベネフィットは大きいので、接種の方向で考えると言う勧告だ。

医療関係者ならともかく、一般の高齢者にこのような質問は混乱を招くだけではないかと心配はあるが、ポリエチレングリコールやポリソルベートが含まれている製品は多いわけではないので、日本人の民度であれば自己判断する工夫はあるように思える。

いずれにせよ、接種の基準をきめる我が国のガイドラインも必ずできているはずで、この様な新しいガイドラインも参考にして、安全かつ迅速に、mass shootingをすすめることで、政治家や一般市民ですら向き合うべき社会を失った我が国でも、医学会には「向き合うべき社会は存在する」と胸を張って言ってほしい。

新型コロナウイルスに対するスウェーデンのギャンブルの影(10月9日 Nature Communication オンライン掲載論文)

2020年10月15日

今回の新型コロナウイルス・パンデミックでは、メディアやSNSを舞台に、医師や科学者たちの様々な議論が飛び交い、現在もマスクやPCRについての議論が続いている。しかし、この議論から本当に新しいコンセンサスが生まれるかどうかは疑問で、例えばBMJ Global Health に発表された南カリフォルニア大学からの論文では、CNNを贔屓にするアメリカ人は、Foxニュースを贔屓にするアメリカ人よりマスクを着用し、手洗いも頻回にすることが示されている。すなわちこれらの問題に関する考え方が、米国の大統領選挙では政治的立場の象徴として国民を二分している。

私個人の意見を問われれば、最終的に何が正しいかどうかきめるためには、皆が合意できる科学的エビデンスが必要だが、それがはっきりしない以上、原理的に良いと思われることはその効果に限界があっても、なんでもやればいいと思っている。例えばウイルス感染は確率問題で、それぞれの地域に存在するウイルスの流通量により、感染確率や感染時のウイルス暴露量が影響される。とすると、自分の感染は予防できなくとも、他の人にうつさないという点で、私の飛沫の一滴でもマスクで吸収できれば(実際にはもっと多く吸収できる)流通ウイルス量の減少に貢献できると思っている。PCRも同じで、連日検査を受けていた(実際には簡易検査だったようだが)トランプが感染してしまったとしても、確定診断の方法がない以上、希望者にはいつでも検査ができるようにするしかないと思う。要するに、いいと思えることはなんでもやればいい。

同じことは、政策レベルの判断でも言える。よく言及されるのが、スウェーデンと他のヨーロッパ諸国の比較だろう。最新号のScienceにコレスポンデントの一人Gretchen Vogelが「Sweden’s Gamble」という記事を発表した。

皆さんもご存知のように、スウェーデンは新型コロナに対して、他のヨーロッパ諸国のようにロックダウンなどの過激な感染防御措置をとらずに、個人の自主性に任せる政策を貫いた。図はSTATISTAと呼ばれるサイトから転載したスウェーデンの感染者数の変移だが(https://www.statista.com/statistics/1102193/coronavirus-cases-development-in-sweden/

ロックダウンなど厳しい措置を取ったヨーロッパ各国と比べて、感染者が一方的に増えたわけではなく、第一波、第二波と同じような経過をとっている。強いていえば我が国のパターンに近い。ある意味でロックダウン政策の無力を示すことになるが、この政策は本当に成功したと言っていいのかと、Vogelさんはスウェーデンでこの政策に反対の声を上げ続けた科学者を紹介しながら、疑問を投げかけている。

この記事でも、スウェーデンの最初のピークで多くの死者、特に高齢者の死亡例が発生したことは、反省されるべきではと指摘している。そして、ここに書かれた実態をより詳しく分析した研究が先週Nature Communicationにオープンアクセス論文として発表された。

スウェーデンは医療記録がしっかりしており、今回のパンデミックで死亡した各個人のデータが保存されている。この研究では、スウェーデンでの第一波のピーク時、5月7日までにCovid-19で亡くなった全症例を詳しく調べ、年齢、性別、そして様々な社会的階層の指標との相関を調べている。これまで指摘されていたように80歳以上の死亡率が42.5%と高い。しかしこれほどではないにしても我が国の80歳以上の死亡率は28.5%で、医療制度などの違いで高齢者の致死率が高いという一般傾向がすこし拡大したと考えてもいい。

この論文の最大の驚きは以下の図に凝縮されている。

図右は高齢者の死亡率で、Covid-19と他の理由による死亡を比べると、経済格差や教育格差との相関にそれほどの違いはなく、老後のケアは貧富の差なく行き届いていることを示している。

ところが現役世代で見ると(左図)、教育格差、経済格差が高い死亡リスクに直結しており、今回の新型コロナ感染がスウェーデン社会の問題を浮き彫りにしていることがわかる。すなわち、現役世代ほど格差が激しい。同様に、世代を問わず、移民の死亡リスクが高いことは、移民が本当の意味でスウェーデン社会に溶け込めていないことを示している。

以上のように、一つ一つの政策には必ず光と影があり、感染状況を把握するパラメータが限られている以上、感染機会をできるだけ減らすことを目標にしてその時その時の政策を決める以外に方法がない。従って現時点で一番重要なことは、できるだけ多くの記録を残して、この論文のように後から評価できるようにすることだと思う。是非新型コロナウイルスがあぶり出す我が国の社会問題を冷静に分析してほしいと思う。

ネアンデルタール人遺伝子の呪いが新型コロナウイルス感染重症化に関わる(本日Natureオンライン掲載論文)

2020年10月1日

今日の論文ウォッチをアップロードした後(こちらも臨床的には重要な論文なのでぜひ目を通して下さい:https://aasj.jp/news/watch/13990)、新しいNatureを読み始めたら、ゲノム人類学の父とも呼べるSvante Pääboさんの研究室から驚くべき論文が目に飛び込んできた。

論文を要約すると、新型コロナウイルス重症化の遺伝的リスク探索から特定されてきた3番染色体の領域の人類学的由来を調べると、Vinjaで発見されたネアンデルタール人ゲノムにほぼそのまま残っており、このネアンデルタール人グループとの交雑を通して、我々ホモサピエンスに流入した領域であるというのだ。

そして、このリスク遺伝子が最も保持されているのが南アジア、特にインド、バングラデッシュの人たちで、次がヨーロッパ、米国ときて、我々東アジア人にほとんど存在していないことを示している。もちろんネアンデルタール人との交雑が見られないアフリカの人たちには全く存在しない。

以上が結果で、最初に特定された新型コロナウイルス重症化のリスク遺伝子がネアンデルタール人由来であるという話は話題を呼ぶと思う。ただ、私は偉大なゲノム人類学者Pääboさんの論文を読んで、新型コロナウイルスとの戦いが、全ての生命科学分野を動員する戦いとして行われていることを実感した。

最後に強調しておきたいのは、ネアンデルタール人由来領域は新型コロナウイルス感染重症化に関わる一つの要因でしかなく、全てをネアンデルタール人の呪いのせいにしない様お願いしたい。

しかしPääboさんに脱帽。

ロックダウンで地震計のノイズが世界中で消えた(9月11日号 Science 掲載論文)

2020年9月12日

宇宙背景放射という言葉をご存知だろうか?ビッグバンの決定的証拠とされる宇宙の全方向からやってくる弱い光のことだ。専門外なので、このマイクロ波について解説する気は無いが、この発見の経緯は面白い。ベル研究所で高感度アンテナの性能を調べていたところ、微小な連続的ノイズの存在に気づく。ノイズの元は何か、鳩の糞まで調べてもその原因は見つからず、しかもあらゆる方向から届いていることがわかった。最終的に、このノイズこそが宇宙背景放射と呼ばれる天球からの電波であり、決してノイズではないことがわかるのだが、この話は観測にとって何がノイズで、何がシグナルなのかを決めることの難しさを示す有名な物語だ。

地球上は人間であふれている。このため、物理的観測にとっていちばんの難問は、人間活動により生じるノイズだ。結果、天文台は山奥から、今や宇宙にまで場所を移している。そして、今日紹介する論文では、人間の活動が不断に大地を揺らし続けていることが示された。新しいサイエンス誌を開いた時にまず目に飛び込んできた論文で、タイトルには地震というウイルスとは全く関係のない単語がCovid-19と一緒に並んでおり、思わず手に取った。

ベルギー・ブリュッセルを中心に世界の地震研究所が集まって発表した論文のタイトルは「Global quieting of high-frequency seismic noise due to COVID-19 pandemic lockdown measures(地球規模の高周波数の地震計ノイズがCovid-19によるロックダウンで静かになった)」だ。

「seismic:地震」と「新型コロナ:Covid-19」という2つの単語を見て興味を惹かれない人はいないだろう。新型コロナウイルス感染症と地震の間にどんな関係があるのか? しかしタイトルを読んでしまえば全ての疑問は解消する。要するに、Covid-19によるロックダウンが世界規模で起こったことで、地震計で検知されるノイズが減ったということだ。

この研究では世界に散らばる268機の地震計記録を集めて、実際の地震波とは異なる高周波の振動だけを取り出し、2019年12月から2020年5月まで分析したものだ。驚くことに、新型コロナウイルス感染とは関係なく、高周波振動記録は、各地での人間活動を反映するのがよくわかる。すなわち、クリスマスから新年にかけて、世界中で振動が減少する。(オープンアクセスなのでこのチャートを見ることができる:https://science.sciencemag.org/content/369/6509/1338 )。

ただ、ロックダウンによる影響はクリスマス休暇に見られる程度で済まないことがチャートからわかる。1月の終わり中国でロックダウンが始まると、高周波の振動はほとんど止まる。そして3月に入るとイタリアから急速に振動が停止していき5月まで続いている。

場所によっては、振動が続いているのも観察される。チャートを眺めて得た個人的印象なので正式な結論とは考えないでほしいが、一般的にヨーロッパでは振動の低下が激しく、米国では振動が残る傾向がある。我が東京でも、完全には振動は止まっていない。今後このデータと人出や経済活動データを照らし合わせれば、地震計で人間の活動を定量することがわかるだろう。とすると、ロックダウン解除による人間活動の再開も、地震計の記録から定量できると思う。

要するに、人間の活動が常に大地を揺らしているのだ。この影響が到達する距離など詳しく調べているが詳細は省く。この揺れが低下した半年、これまで望んでも望めなかった、地殻活動としての高周波の記録が可能になったと思う。その意味で、Covid-19は地震学に大きな貢献を果たすかもしれない。

新型コロナ感染の将来予測モデル:占いを超えられるか (7月23日号 The New England Journal of Medicine 掲載論文)

2020年7月30日

古今東西、人間は重大な決断に当たって占いや予言を大事にしてきた。卑弥呼からラスプーチンまで、占い師の予言が政治を左右した事例は枚挙にいとまがない。しかし、真面目に考えれば予言がそうそう的中するはずはないから、不確かな予言で行えた政治の方が、いい加減だったと思う(今でも予言や占いを信じる人は多く、異論も多いと思うが)。

なぜこんな話から始めるかというと、新型コロナ感染の拡大に対する政府・市民(メディア)と科学者たち(専門家委員会に限らず全ての)の議論を見ていると、「第2波です」とか「10万人の死者が出ます」とか、「すぐ収束します」などと語る科学者は、かっての占い師のようにとらえられているのではとフッと感じてしまったからだ。

一度収束したかに見えた新型コロナ感染者数が、日本中で再びジワジワと拡大し始めた今、誰もが明日、来週、来月、そして来年の予測を心待ちにしていることは間違いない。もちろん現代の予測は、占い師の時代とは違う。科学者による科学的データに基づいた予測が期待されている。しかし、的中したのか、間違っていたのか、今も確信が持てずにフラストレーションだけが残る西浦さんの「放置すれば40万人死亡」仮説が唯一のモデルとして示され、大きなリセッションを経験したわが国は、当時を超える感染者数が出ても、どの予言を信じればいいのか途方に暮れているように思う。

この感覚は決して一般の人だけではない。かく言う私も、流布している科学者の御宣託が、現状では根拠のない予言と変わることがないと感じていても、それを明確に指摘できないというフラストレーションを感じていた。

ところが、The New England Journal of Medicine 383; 4(2020)に掲載された論説を読んで、感染モデルについて頭の整理がつき、フラストレーションは解消されたので、私と同じように感染モデルにフラストレーションを感じておられる皆さんにぜひ紹介することにした。

タイトルには、感染モデルは「何か間違っているぞ」と感じつつ、「利用せざるを得ない」という我々の気持ちが表現されており、著者には私たちのフラストレーションがわかっていると期待できる。

事実期待通りで、まず感染モデルは、1)統計的予測モデル、2)メカニズムベースのモデルの2種類に分けてうまく説明してくれている。

統計予測モデルはこれまでのデータを、新しいデータに当てはめ、未来を予測する手法で、例えばIHMEモデルでは、中国やイタリアの統計を、例えば日本にあてはめることに相当し、統計に現れる実際の感染過程については情報として含まれていないため、長期の予想は全く不可能であると断じている。NYではこうだから日本も同じになるという予想は今も記憶に新しいし、西浦さんのモデルもこの範疇といっていいだろう。

一方、メカニズムに基づくモデルとは、ウイルスの性質、感染性、抵抗力、社会的接触度、など出来る限り多くの要素データを集め、そこから予測する方法で、パラメータがうまく集まれば、長期の予測も可能になる。例えば、全ての人に抵抗力があることが証明できれば、ウイルス感染は拡大しようがないといった具合だ。ただ我が国の場合、現時点でわからないことが多すぎる。そもそも、このウイルスについての様々なパラメータはほとんど明らかでないし、無症状感染者の行動履歴といった行動学的パラメータもほとんど集まっていない。

この論説では、メカニズムに基づく予測が可能になるための最低条件として、

  • 新型コロナウイルスに対する免疫反応の正確な理解と、免疫状態の正確な測定。
  • 無症状感染者の感染性、免疫状態の把握。
  • 感染者、非感染者の行動記録に基づく接触のデータの取得。

を挙げている。

この論説を私なりに解釈すると、

  • 統計による予測モデルは、例えば「経済と感染防御の両立」といった長期計画には向いていない事。
  • 長期予測のためには、感染者数だけでなく、ウイルス伝搬に関わる多くのパラメータを集めるメカニズムに基づく予測手法が必須であること。
  • ただ、メカニズムに基づく予測のためには、まだまだデータが集まっていない事。

と理解した。

ただこれでは予測モデルを信頼するなといっていることに等しいので、この論説では予測モデルを受けとる側が以下の質問を問い続けることで、予測モデルが「useful」になるとまとめている。その5つの問いとは;

  • モデルの目的と、予測可能な時間レンジは明確か?
  • モデルが寄って立つ仮定は正確に示されているか?
  • モデルの不確実性要素を正確に把握して、提示できているか?
  • 統計モデルの場合、どのデータをモデルに使ったのか?
  • モデルは普遍的か、あるいは特定の対象を設定しているのか?(例えば都市と農村)

以上、この論説を上手く紹介できたかどうか自信はないが、私はこ今後どのように感染モデルと接していけばいいか頭の整理がついた。是非みなさんも自分で読んでみられればと思う。

翻って我が国の状況を考えると、メカニズムを取り入れた長期予想がもとめられているが、これを可能にするには、あまりにも利用できるパラメータが存在しないと言えるように思う。論文を読んでいるとわかるが、この点に関しては先進国とは言えない状況だ。とすると、当分我が国では、他の統計をそのまま並行移動して利用するか(西浦型)、限られたデータをもとに「エイ!」と占うかしか方法はない。この状況を超えるには、本当の科学的データ収集が必要になるが、PCRの検査数がまだ議論の焦点になっている我が国でいつこれが実現するのか?心は晴れない。

新型コロナウイルスの拡大状況をゲノム配列から推定する(7月16日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年7月23日

現在急速に新型コロナウイルス(Covid-19)感染が広がりをみせており、緊急事態宣言時を超える勢いだ。ただ発表される感染者数なるものは、外野の私には何の指標なのかさっぱり理解できない。もしウイルス感染の広がりを把握したいなら、特定の地域でランダムサンプリングによるPCR検査をおこない、その感染状況から推定するしかない。ただ、我が国でそこまで手が回るようになるにはまだまだ時間がかかるだろう。

幸い、ウイルスは人から人へと感染を繰り返すたびに変異する。したがって、この変異を追いかけていけば、バイアスがかかったサンプルでも、ある程度社会全体の感染の広がりを推定することが可能になるのではと思っていた。ネアンデルタール人のゲノムの多様性から、当時の人口を推察するのと同じだ。例えば現在、感染経路が、追跡可能か、不可能か、が問題になっているが、ウイルスの系統樹データがあれば、予測精度は格段に高まることは間違いない。

そのためには刻々変化する感染者から得られるウイルスゲノムをリアルタイムで解析し、それぞれのウイルスの系統樹と個性を計算できるグループが必要になる。当然我が国の感染症研究所でもゲノム解析を行っているが、報告を読むと政策決定のための(例えば神戸のウイルスは東京由来とか)リアルタイムデータ提供を目指している計画とは思えない(間違っていたらごめんなさい)。

しかし今からでも遅くない。データに基づき感染の拡大を把握するため、PCR陽性者が感染しているウイルスゲノムをできるだけ多く調べることで、感染状況をとらえ、正しい政策判断につなげることができることを示した論文が、オランダからNature Medicineに発表された。

この研究ではオランダで2月最初の2症例が報告されて以来、クラスターや、医療施設で働く人たちを中心にモニターし、3週間で189種類のウイルスの全ゲノム配列が決定されている。

この結果、オランダでの感染は1月の終わりに遡れること、おそらくイタリアのスキー場由来の、すでに異なる2株のウイルスに由来していること、持ち込んだ人から地域単位で流行が起こっていることなどが明らかにされている。この研究の対象になった3週間ほどの間にオランダで分離され解析されたウイルス間で、平均の変異数は7.39であり、ランダムサンプリングによる感染拡大を調べる代わりに、ウイルスの側から感染拡大を推測できる可能性が高いことを示している。

要するに、ウイルスの系統樹は感染拡大を知るために極めて重要なデータになることが示された。とすると、現在の我が国のように、感染源を特定できない感染者が拡大し、都市から地方へと感染が拡大している状況の把握に必要なデータが、ウイルスゲノム解析から得られることを示している。

政策決定にも使えるデータとして重要なのはリアルタイムにデータが出ることだが、現在の次世代シークエンサーでは、どうしても解析が終わった時点で2週間かかる。とすると、政策決定には間に合わない。

この研究では常に配列を至適化するプライマーでウイルスを増幅し(ここまでは他の研究と同じだと思う)、それをナノポアフローセルで解析することで、時間の短縮に成功している。要するに、なんとか政策決定に役立てようと一工夫した結果だ。

ぜひ我が国でも、このスピード感でウイルスの解析が進むことを期待する。Go to Travelの評価も、これにかかっているような気がする。

「え!ソーシャルディスタンスを守るかどうかは記憶力の問題?」(米国アカデミー紀要掲載論文)

2020年7月18日

今日はようやく時間ができた週末なので、論文ウォッチで紹介した論文以外に、新型コロナウイルスに関する論文を紹介する。といっても、ソーシャルディスタンシングを遵守するための脳機能について調べた変わり種の論文だ。

米国立衛生研究所とカリフォルニア大学リバーサイド校からの論文で、米大統領が緊急事態宣言を発令した2週間後、どの程度ソーシャルディスタンシングを守ったかについてのアンケート調査と、ウェッブを通じて行う作業記憶のテストの相関を調べた研究だ。

「え!世の中の規範に従う心が記憶と相関するの?」と思ってしまうが、これまでもこの可能性は示唆されていたようだ。

研究では、例えば緊急事態宣言以降、パーティーなどの集まりをさけている、イベントには参加しない、握手やハグをしない、などすでに一般的になっているソーシャルディスタンシング遵守のための項目について、守っているからほとんど守らないまで、点数をつけさせ、各人のソーシャルディスタンシングスコアを計算している。

これと並行して、画面に映る5枚の異なるパネルの位置を1秒後に覚えているかどうかのテストを行いスコア化している。

面白いのは、これらすべてのテストをグーグルの提供するプラットフォームを用いてリモートで行なっていることで、まさに新型コロナウイルス流行時の調査研究のお手本と言っていいだろう。

すべての詳細を省いて結論を述べると、作業記憶力が高いほど、ソーシャルディスタンシングを遵守する傾向があるという結果だ。

極論すれば公明性や公共性もすべて記憶問題と結論できるので、にわかに信じがたいが、その時のムードや性格など様々な要件をすべて差し引いても、この結論は生き残るようだ。

著者も気になったのか、さらに公平性を調べるためのゲーム課題(詳細は省く)に参加してもらい、公平性と作業記憶力の相関を調べると、公平な人ほど作業記憶力が高いという結果を得ている。

作業記憶というのは、ある時間内に私たちが経験したことを一時的に脳内に保持する能力を指しており、長期記憶と区別しているが、結局周りの状況を集めて判断する能力が、ソーシャルディスタンシングを守る公共性につながると結論していいのだろう。

ただこれは米国での話だ。強制しなくとも自粛が徹底する国と言われている我が国で実際どうなのか、誰か是非調べてほしい。

トレハロース利用能力はクロストリジウムの病原性と相関しない(EBioMedicine (2019) 347-355掲載論文)

2020年7月9日

2018年1月、テキサスのベーラー医大、オレゴン大学、オランダ・ライデン大学、そして英国のサンガー研究所が共同で、トレハロースを栄養源として増殖できる病原性の高いクロストリジウム(CD)が選択的に増えることが、2000年以降トレハロースの価格が低下し利用拡大と並行してこの感染症が増加した原因であるとするショッキングな可能性を示した。

以前紹介したように(https://aasj.jp/news/watch/7897)、この研究は系統的に離れているCD系統RT027とRT078が共に毒性が高いことに注目し、それぞれが系統進化とは別に、腸内環境での高い増殖能力を獲得したのではと考え、増殖優位性を与える遺伝子を探索した結果、これがトレハロースを利用して増殖するための遺伝子セットであることを明らかにした。

この結果はNatureに掲載されたこともあり、外国では大きく報道された。勿論このHPでも紹介し、「大至急臨床の現場でも確かめる必要がある」と結論した。と言うのも、この研究の大半は動物を用いた研究で、臨床的検討は限られていた。

その後、この話題は私の頭の中から消えていたが、数日前株式会社林原の研究員の方から、臨床的な検討の結果トレハロースの濡れ衣を晴らしてくれた論文が昨年発表されているとの指摘を受けた。

早速読んでみて、ベイラー医科大学の論文を紹介した以上、今回の論文も紹介すべきだと考えたので、ここに紹介する。実際には別々のグループから2報の論文が発表されているが、EBioMedicineにオックスフォード大学から発表された論文が包括的なのでそちらを紹介する。

この研究は、まずこれまで全ゲノム配列が明らかにされている臨床例から分離された5232株のCDを比較し、臨床例から分離されCDの多くが、レファレンスCDのゲノムと異なり、トレハロース利用セットの遺伝子群を持っていることを示し、特にRT027が属している系統群ではほとんどが同じ遺伝子群を持っていることを明らかにした。すなわち、トレハロース利用能は病原性とは無関係に、クロストリジウム進化の早い段階で獲得された形質であることを示した。

さらに、CD感染症200例あまりから分離したCDの解析から、感染による死亡とトレハロース利用能に有意な相関がないことも示している。

以上の結果は、臨床例からの結果は、主に動物モデルを用いた先の論文と完全に相反することを示している。この結論の妥当性をさらに示すために、著者らは欧米でのトレハロースの輸入とCD感染症との相関性がないこと、また試験管内培養系ではトレハロースがCDの毒素産生を誘導するわけではないことも示している。

以上、抑制的ではあるが明確にベイラー医大の研究を否定した論文で、臨床例を直接扱っていることから、信頼していいように思う。

このように結論が真っ向から対立する研究は、科学では当たり前のことだ。ただ、内容が食の安全に関わる話だけに、両グループが討論できる場が設けられることが重要だと思う。

新型コロナワクチンに対する米国市民の期待度

2020年7月3日

昨日ロイター通信は、トランプ大統領が新型コロナウイルスに対する3種類のワクチンが米国で近く投与可能になることを記者会見で述べたことを報告していた。あの反ワクチン論者のトランプも新型コロナについに白旗を上げたかと、痛快な気分になるが、ワクチンを待ち受ける市民の気持ちはそう単純でないことを、今日発行のScienceを読んで初めて知った。

フリーランスの記者Warren Cornwallさんの記事で、これほど市民の自由を制限している新型コロナウイルスに対してさえ、ワクチンに強い期待を抱く市民が50%を切るという報告だ。

米国の多くの都市でロックダウンが行われた5月中旬、「もしワクチンが利用可能になったら接種を受けますか?」という質問に対して、受けると答えた人が49%、わからないと答えた人が31%、そして行かないと答えた人が20%に達するという結果だ。

60歳以上の高齢者では67%が受けると答えている一方、60歳以下で受けると答えた人は40%にすぎない。そして最も驚くのは、新型コロナで死亡率が最も高かった黒人層で受けると答えた人が25%、受けないと答えた人が40%にも達する事だ。

我が国でもワクチンの効果についてはSNS上で議論が行われているが、あまりワクチンが危険だという議論は見かけない。しかし米国では、新型コロナウイルス感染が始まった初期から、反ワクチン運動が「感染してもほとんどの人が回復する新型コロナウイルスに対するワクチンは意味がない」とか、「新しいワクチンの安全性は長期的には全く担保されておらず、これまで開発された中では最も危険なワクチン」などと、SNSを通してキャンペーンを行なっていることがこの結果に反映されているようだ。

実際、Youtubeに新型コロナワクチンによる死者が、感染による死者を超えると訴えた反ワクチンビデオは700万ビューを記録し、削除しても削除してもアップロードされ続けているということが5月初めに報道されていた(https://www.cnbc.com/2020/05/07/facebook-youtube-struggling-to-remove-plandemic-conspiracy-video.html)。

ワクチンに対する米国の複雑な事情がよくわかる記事だが、我が国には関係のない対岸の火事と静観していいのか少し気になる。トランプですらワクチンを声高に叫ぶご時世だ。大阪府知事が「ワクチンで新型コロナウイルスに対して反転攻勢」と言うのも理解できるが、世界的に普及し多くの女性を子宮頸がんから守ったことが明らかなパピローマワクチンの副反応問題を、今もなお解決できていない国が我が日本であることも忘れてはならない。

間違いなくワクチンは新型コロナウイルスに対する重要な武器になる。だからこそ、一方的に宣伝するのではなく、ワクチンの可能性と想定される問題について、科学者の言葉で語り始めることが大事だと思う。