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5月29日:自閉症のsingle cell genomics(5月17日号Science掲載論文)

2019年5月29日
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今日から続けて、紹介できずにたまっていた自閉症に関する論文を紹介する。最初は、カリフォルニア大学サンフランシス校からの論文で、基礎研究だけでなく、臨床研究にも重要な方法論として定着したsingle cell genomicsを用いた研究だ。タイトルは「Single-cell genomics identifies cell type–specific molecular changes in autism(脳細胞のsingle cellジェノミックスは自閉症での細胞特異的分子変化を特定する)」だ。

このブログでも何回も紹介しているように、組織から細胞を分離し、得られた細胞内のRNAを一個づつバーコードでラベルし、各細胞で発現しているmRNAを数万個レベルの細胞で一度に解析するsingle cell genomicsは、細胞ごとの遺伝子発現や、病気による変化を解明するために極めてパワフルなテクノロジーだ。特に、かなりの数の遺伝子変化が積み重なって発生する自閉症などのケースでは、病気の主体となる細胞を特定することも可能になる。

一部のてんかんの患者さんでは、てんかんが始まる場所を特定して切除し、てんかんを止める治療が行われるが、この研究では自閉症スペクトラム(ASD)と、てんかんが併発した患者さんが手術で病巣を切除する機会を利用して、脳細胞をいただいている。コントロールは、てんかんだけでこの手術を受けた患者さんだ。

研究では切除された前頭前皮質と前頭前野と前帯状回皮質の全層を注意深く取り出し、細胞の核を分離、核内に存在するRNAの発現をバーコードを用いるsingle cell解析で調べている。この研究では約10万個の細胞を解析すると、おおよそ17種類の細胞が特定できている。この分類により、細胞の種類だけでなく、どの層に存在したかもほぼ特定することができる。

こうして分類した17種類の細胞について、ASDで大きく変化している遺伝子を、各細胞ごとにリストすることができる。結果をまとめると次のようになる。

  • 全体で約700種類の遺伝子の発現がASDで変化していたが、そのうち8割は特定の細胞のみで変化が見られる。すなわちsingle cell 解析でないと発見できない。
  • 発現の変化がはっきりしている遺伝子の多くは、様々な細胞に発現している。
  • 最も変化の大きな遺伝子群は皮質2/4層の細胞で発現が抑制される遺伝子群。
  • 今回違いがはっきりした遺伝子のうち、75個はASDリスクに関わるゲノム変化として特定されており、やはり2/3層と4層の興奮神経に発現している。
  • 遺伝子の特徴から、皮質2/3層の発生と、シナプスシグナルの変化がASDの気質的原因となる可能性が大きい。
  • 各細胞レベルで遺伝子発現の変化の程度に応じて、強い症状が現れる。
  • てんかんによる変化は5/6層の細胞集中しており、ASDの変化とはオーバーラップしない。

この結果を見た感想だが、ASDがゲノムの変化と、発生時の環境などエピジェネティック変化の集合で、本当に小さな変化が積み重なっているのが実感できた。そしてなによりも、2/3層、4層の神経回路の変化がASD発症に関わることが明らかになったことで、より焦点を絞った解析が可能になると思う。

脳の組織を調べることに対する抵抗を感じられる向きもあると思うが、私自身は「ここまでやるか」と、この論文からASD研究の広がりを感じ、この積み重ねが必ず治療につながると確信している。

  1. Okazaki Yoshihisa より:

    このコーナーでも取り上げられている、バソプレッシン、オキシトシンとの関連などは解明できそうでしょうか?

    1. nishikawa より:

      言及はありませんでした。

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