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1月26日:朝日新聞記事(1月24日)「幹細胞周りにがん化防ぐ遺伝子 東北大などが発見」

2014年1月26日
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1月24日、カルテックDavid Anderson研究室の雄の攻撃性に関わる細胞についての研究を紹介したとき、ショウジョウバエの行動研究の開祖、ベンツァー、堀田のコンビに言及した。さて現代日本でショウジョウバエの行動学者と考えると、山本大輔さんが浮かんでくる。24日朝日新聞が紹介したのは山本さんの研究室からの研究で、サイエンスオンライン版に掲載された。「Btk29A promotes Wnt4 signaling in the niche to terminate germ cell proliferation in Drosophila (Btk29A分子はニッチ細胞でWnt4シグナルを促進してショウジョウバエ生殖細胞の増殖を止める)」がタイトルだ。タイトルからわかるように、この仕事は行動の研究ではない。山本さんは特に性行動を研究しているため、この現象に行き当たったのだろう。もし、日本では行動研究に対して助成を受けにくいためこの分野に研究を拡げたとしたら少し寂しい。とは言え、研究はショウジョウバエの利点を駆使したシグナル伝達経路を明らかにしたプロの仕事だ。現役時代私も幹細胞とそのニッチについて研究していたが、幹細胞分野でのショウジョウバエ研究の層は厚い。ハーバード大のLen Zonの呼びかけで国際幹細胞研究学会(ISSCR)の発足準備をしたとき、この分野の開拓者Allan Spradlingにもボードになってもらった事はもう昔の事だ。Allanの話を初めて聞いた当時は、ニッチと幹細胞の関係を明確に研究できるシステムはうらやましいと思った。朝日の福島記者が紹介した仕事は、卵巣構造の異常の突然変異の一つがBtk遺伝子の突然変異であると言う発見から始まる。この分子は抗体が出来ない無ガンマグロブリン血症の責任遺伝子である事がスウェーデンのSmithによって示された遺伝子で、彼もこの仕事の共著者になっている。Smithさんも私には思い出深い。熊本大学で、血液系の突然変異の遺伝子を見つける研究を行っていたとき、いつも会議で一緒だった。脱線したが、今回発見した突然変異ハエの卵巣では、分化が一つ進んだシストサイトと呼ばれる段階の異常増殖が見られる。同じ様な症状を示す突然変異が他の分子でも既に見つかっており、これを手がかりにBtkから生殖細胞増殖を止めるニッチ作用が発揮されるまでのシグナル伝達過程を決定した事がこの研究のハイライトだ。さて、朝日の福島記者の記事だが、シストサイトの増殖にだけ注目した記事になっている。これはBtkと単純にがんを関連づけて記事を書いた結果だ。確かに昨年Btkに対する標的薬剤がリンパ性白血病の治療薬としてFDAの承認を受けた。しかし、山本さん達が明らかにしたのは、Btk活性化が直接細胞のがん化につながると言う話ではない。記事にある様な単純な話なら、おそらくこの論文がサイエンスに掲載される事はないだろう。実際には、この分子が様々な発生過程で重要なWntシグナルに介入できる事を示した点が評価されたと思う。私が知る限り、Wnt経路が山本さんが示した様な形で増強されると言う研究はなかったと思う。今回示された可能性は、ヒトでのBtkやWnt機能の理解にもヒントになるかもしれない。記事はこの研究の最も大事なメッセージを無視して、読者に媚びた間違った記事になっている。メディアのこの様な扱いが、山本さん得意の行動研究が助成を受けにくい我が国の現状を反映しているとすると本当に残念だ。最後にまた繰り返す事になったが、朝日のデスクのつける見出しは今回もひどい。一般の読者は「幹細胞周りにがん化防ぐ遺伝子」等と聞いた時何を想像するのだろう。
  1. Okazaki Yoshihisa より:

    Btk分子が様々な発生過程で重要なWntシグナルに介入できる事を示した点が評価された。

    朝日のデスクのつける見出しは今回もひどい
    →科学の素養のある記者がいないのではないでしょうか?

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