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5月20日 Z―DNAと記憶(5月4日 Nature Neurosience オンライン掲載論文)

2020年5月20日
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右巻きのDNAが構成塩基などの条件により左巻き構造をとりうることが発見されたのは、私が臨床をやめて基礎研究に移る前だった様に思うが、当時おおきな話題になったことは確かだ。ただ、時折タイトルは見かけることはあっても、ほとんど忘れていた。

今日紹介するオーストラリア・クイーンズランド大学からの論文はZ-DNAという特殊な構造が脳の高次機能に関わっていることを示した不思議な研究で5月4日号のNature Neuroscienceに掲載された。タイトルは「Dynamic regulation of Z-DNA in the mouse prefrontal cortex by the RNA-editing enzyme Adar1 is required for fear extinction (前頭前皮質でRNA-編集酵素Adar1によるZ-DNAのダイナミックな調節は恐怖の消去に関わる)」だ。

誰でも「Z-DNAと記憶」などというありえない組み合わせのタイトルを見たら読んでみる気になるだろう。ただ、構造が変化したDNAということで、物理的エントロピーが、DNA本来の情報に重なったとき何が起こるか興味を持って研究している人たちがおり、この配列情報+αをfliponという概念で捉えて、転写調節に関わることが提唱されている様だ。言ってみれば、一種のエピジェネティック・メカニズムとしてZ-DNAが使われていることが知られていた。このときZ-DNAと反応する分子の一つがサイレンシングなどRNA editingに関わるAdar1であることもわかっている。

この研究では恐怖に対する光が当たるとショックが来るといった記憶の条件付けを形成させた後、今度は光に慣らせて条件付けを消すという課題をマウスに行わせる実験系で、Adar1の転写を調べると、恐怖記憶の消去過程でAdar1が上昇することに気づく。さらに、Adar1をノックダウンして同じ記憶実験を行うと、不思議なことに恐怖記憶の消去過程だけが抑制され、恐怖記憶が残ることを発見する。

通常なら、グルタミン酸受容体などのRNA editingではないかと思ってしまうところを、Z-DNAの調節とAdar1に気づいた点がこの研究のハイライトで、まず恐怖記憶成立過程でZ-DNA構造がゲノムに蓄積すること、そしてこの構造がAdar1により解消されることが、恐怖記憶の消去に必要であることを明らかにする。またAdar1結合する部位にある転写因子のいくつかについて、Z-DNA構造が転写阻害につながり、Adar1によりこれが解消されることで、転写が高まることを明らかにしている。

おもしろいことに、Z-DNA構造をとってAdar1と結合する部位のかなりの領域が、LINEやSINEと呼ばれる繰り返し配列により遺伝子発現が調節を受けている部位であること発見する。

もう一度まとめると、恐怖発作の記憶が成立する過程で強く刺激を受けた神経細胞のゲノムの一部が、おそらくDNA切断、修復などの過程を通してZ-DNAを形成、この構造が転写を変化させる。ただ、恐怖記憶の維持自体にこの構造は必要ないが、次にこの条件付けを消去しようとするときに必要な分子の転写が低下するため、恐怖記憶を消し去れない、という話になる。

もちろんAdar1本来のRNA editingもこの現象に関わるのだが、Z―DNAが一種の傷として恐怖記憶に関わっているとは意外で面白い。とはいえ、個人的には、強い神経刺激がDNAの構造を変化させる方が記憶に残ってしまった。

  1. okazaki yoshihisa より:

    一種のエピジェネティック・メカニズムとしてZ-DNAが使われていることが知られていた。
    Imp:
    ゲノム:化学系が情報を記憶し処理して分子活動や構造形成を誘導できることを示す際立った例証となっており、分子による物質のプログラミングが可能になり実用化される可能性があるとの期待が高まっているとのこと。
    これも、分子アルゴリズムの一種ですね。

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