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6月3日 音楽家の脳を探る(5月19日 Behavioural Brain Research オンライン掲載論文)

2020年6月3日
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最初このブログは、一般の人に生命科学の最新の研究を紹介する目的で書き始めたが、わかりやすく書くという点では、どうも私は向いていない。結局対象としては少し専門知識のある人向けになっていると思う。分野についてはできるだけ広くカバーして、新しい研究についての情報を伝えようと努力し、個人的趣味はなるべく出さないように心がけている。

ただ、今日は1年に一回の誕生日ということで、極めて趣味的な論文を選ぶことにした。個人的な興味から論文を漁っている分野は、Abiogenesis、言語など様々あるが、下世話な興味としては芸術家の頭の中についての研究がある。例えば、東京芸大の美術の学生さんと話していたとき、彼らが鏡を見ないで自分の顔をイメージできることに気づいた。生まれつきか、訓練か、要するに私たち凡人とは文字通り頭の構造が違う。何が違うのか?画家と一般人とに自分の顔を思い浮かべてもらって(今トライしてもはっきりしたイメージは私の頭に湧いてこない)、機能的MRIで活動領域に違いがないか是非知りたいといつも思っている。もちろん自分も実験台として参加したい。

そんなわけで、今日は音楽家と一般人の脳活動の差について調べたフライブルグ大学からの論文を紹介したい。タイトルは「Musicians use speech-specific areas when processing tones: The key to their superior linguistic competence? (音楽家は言語特異的領域を音の処理に使う:これが音楽家が言語能力が高い理由?)」で、Behavioural Brain Researchにオンライン掲載された。

この研究では音楽家は高い言語能力を備えているという仮説から始めている。あまり考えたことはなかったが、確かに有名な音楽家は話がうまいように思う。この理由としては、音楽と言語の両方に関わる脳領域の反応性が、音楽の訓練により、その結果言語能力もひきずられて高まる可能性と、もう一つは音楽の訓練により、通常は言語特異的な領域を、音楽の認識にも動員できるようになり、その結果言語能力が高まる可能性だ。

この研究では、子音と母音の組み合わさったシラブルの中から、あらかじめ教えておいたシラブルを聞き分ける言語課題と、様々な楽器で弾いた同じ音の中からピアノの音を聞き分ける音楽課題を行い、目的の音を聞いた時の反応性の速さを見ている。

この程度の課題だと、まず間違う人はいない。驚くことに、反応性で見ると、言語課題も、音楽課題も、音楽の訓練を受けた人の方がはるかに早く目的の音を認識する。100ms以上の差なのでかなり大きいと思う。

この課題を行いながら機能的MRIで脳の活動を音楽家と、一般人で比べると、同じ課題に動員される領域の差と、反応領域での反応の強さがわかる。結果は以下のようにまとめられる(脳領域の名前は全て省くが言語野や聴覚領域が中心になる)、

  • 言語野の近くには、今回の言語課題と音楽課題の両方で反応する領域がいくつか特定できるが、その反応性は音楽の訓練を受けていた人の方が高い。
  • 音楽の訓練を受けた人は、普通の人では言語課題にしか反応しない領域を音楽課題に反応できる。

もちろんこれだけで、音楽家は言語能力が高い理由がわかったとは到底言えないが、しかし音楽家の頭の中が違っていること、そして言語と音楽の認識に共通性があることもよくわかる。

今日の私の趣味に付き合っていただいた人は、HPの「生命科学の現在」として書き残している「言語の誕生」(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954)をぜひお読みいただきたいが、そのなかで、

実際には、失音楽症の表現は極めて多様で、個人差が大きく、失語症以上に決まった領域にマッピングが難しい。例えばラベルのようなプロの音楽家の失音楽症は左側頭葉の障害による場合が多いことが知られている。一方、多くの失音楽症の症例を集めて検討した研究(例えば2016年、Journal of Neuroscienceに報告された77症例の検討:Sihvonen et al, J.Neurosci. 36:8872, 2016)では、失音楽症の半数に失語が合併しており、言語と音楽能力に関わる共通脳領域の関与を示している。

と、音楽家は言語野を音楽に使うことが失語の研究から推察できることを紹介した。このように、言語と音楽のルーツは、ホモ・サピエンス独特の知能のルーツを知ることにもつながる。

他にも、自閉症の子供さんが音楽訓練によって、言語野を開発できるとすると、今行われている音楽療法をさらに科学的に発展させることもできるだろう。このように芸術家の頭の中は、面白いだけでなく役に立つこと間違いない。

また明日から、現代を代表する論文を探して紹介する作業を、体力の続く限り続けますのでよろしく。

  1. okazaki yoshihisa より:

    音楽の訓練により、通常は言語特異的な領域を、音楽の認識にも動員できるようになり、その結果言語能力が高まる可能性が指摘された。
    Imp:
    誕生日おめでとうございます。

    絶対音感を思い出しました。
    音楽を聴いただけで、楽譜に翻訳?できる人です。
    “音”が“言葉”のように聞こえるとのことでした。。。
    言語野で音楽を認知しているのでしょうか

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