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5月23日 プラトンの形相も脳科学的に見れば納得できる(J.Neuroscience 4月号掲載論文)

2021年5月23日
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以前生命科学の目で読む哲学書でプラトンを取り上げたとき、プラトンの著書は劇場仕立てでわかりやすく書かれているのだが、その背景にある論理を追おうとすると、馬鹿らしくなってやめたくなる。しかし、現代の脳科学の知識で彼の言葉を読み直すと、妙に納得できることを書いた(https://aasj.jp/news/philosophy/10423)。

中でも、プラトンの形相(イデア)の概念はその典型だろう。もちろんプラトンの時代には、形相が質量より先に実在しているかどうかが問題になるのだが、例えば個別の椅子や机をなぜ椅子として認識しているのかというと、脳科学には、椅子のカテゴリーに反応する神経が存在しており、実際に感受している神経活動を統合するとき参照にするトップダウンの「形相」を与えていると説明できる。

驚くことに、このカテゴリーに対する反応は、単一神経細胞レベルで観察される。そのため、電極挿入実験がしやすいサルでは研究が進んでいるが、領域単位で脳の反応を見るしかない人間ではなかなか研究が進んでいなかった。

今日紹介するニューヨークにあるDonald&Barbara Zucker医科大学からの論文は、てんかんの発生する場所を特定する目的で脳内に埋め込んだクラスター電極を用いて、人間の顔や、机といった、一般的なカテゴリーに反応する単一神経細胞を特定しようとした研究でJournal of Neuroscienceの4月号に掲載された。タイトルは「Face-Selective Units in Human Ventral Temporal Cortex Reactivate during Free Recall (人間の内側側頭皮質に存在する、顔を見たときおよび想起するときに選択的に反応するユニット)」だ。

サルでの研究は、まだ京大で教授をしていたずいぶん昔から知っていたので、この研究で初めて人間でも同じようなカテゴリーに反応する神経が特定できたと言われてもにわかには信じがたい。しかし、人間で同じ実験を行うと、それぞれのカテゴリーについてはっきり自己申告できるので、結果はクリアになる。

実験では、内側側頭皮質にクラスター電極を埋め込んだてんかん患者さんに、身体、道具、模様、家、そして人間の顔の4つのカテゴリーに対応する、異なる個別の像を見たときの各電極での興奮記録を取り、どの顔でも、顔の写真を見たときに反応する単一ユニットを探索している。

期待通り、この領域には8人調べて、顔というカテゴリーに反応する31個の神経ユニットが確認され、さらに32個の複数の細胞からなるユニットが特定できる。その意味はわかっていないが、面白いことにそれぞれの神経で、顔を見たとき持続的に興奮したり、一過的に反応したりと、反応するパターンが異なっている。

おそらく道具などのカテゴリーに反応する神経もあるはずだが、この領域には家に反応する神経が存在している。そして領域全体の神経活動を主成分分析すると、顔に反応する神経と、家に反応する神経は全く分離することがわかる。すなわち、家に至るまで私たちはカテゴリー化し、それに対応する神経を持っている。

次の問題は、プラトン以来の古い問題で、実像(哲学的には質量)なしに想起するときに、このカテゴリー神経が興奮するかだ。そこで、例えばオバマさんの顔を思い出して、とリクエストして顔を思い出してもらうと、どの名前を告げてもこの神経は2秒間興奮を続けることがわかった。

そして、この反応が、様々な場所からのシグナルの結果ではなく、記録している限られた領域の回路で統合されていることも示している。

結果は以上で、この論文だけを読むとなるほどで終わるが、プラトンの形相を考えながら読んでみると興奮する論文だ。生命科学の目で読む哲学書でももっともっと脳科学の見解を書いていきたいと思っている。

  1. okazaki yoshihisa より:

    プラトンの形相を考えながら読んでみると興奮する論文だ。生命科学の目で読む哲学書でももっともっと脳科学の見解を書いていきたいと思っている。
    Imp:
    先日の『手書きモーション』論文など、Neumann著「計算機と脳」を想起してしまう論文が多いですね。
    脳科学の切り口から眺めると数学・言語について、より深い理解が得られる可能性がある(by Neumann)

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