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8月8日 膵臓癌の免疫療法は可能か?(10月11日号 Cancer Cell 掲載論文)

2021年8月8日
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多くの膵臓ガンはPD-L1を発現していないため、チェックポイント治療の対象ではないとされている。しかし、CTLA4に対する抗体で進行を遅らせたケースもあり、ガン免疫が全く働いていないわけではない。なぜ膵臓ガンが免疫から逃れられるのかについては、1)MHC遺伝子発現が焼失している、2)T細胞のガン組織へのリクルートが抑えられている、3)抑制性T細胞が誘導されやすい、など様々な可能性が示唆されているが、治療法として確立された可能性はまだ存在しない。

今日紹介するMITからの論文は、マウスモデルをベースに、ガン抗原が発現していて、PD1チェックポイント治療を行っても、膵臓ガンがガン免疫システムを回避することができるメカニズムを探索した研究で10月11日号のCancer Cellに掲載予定だ。タイトルは「The CD155/TIGIT axis promotes and maintains immune evasion in neoantigen-expressing pancreatic cancer(CD155/TIGIT経路は、ネオ抗原を発現している膵臓ガンの免疫回避を促進し、維持している)」だ。

この研究ではまず、データベースを含む様々なゲノム解析から、膵臓ガンでも高い抗原性を持つネオ抗原が発現していることを示し、ガン抗原が発現してもガンが免疫を逃れる仕組みを研究することの重要性を確認している。これは重要な指摘だと思う。

その上で、明らかにネオ抗原を発現している膵臓ガンが免疫から逃れる過程を研究するために、凝りに凝った実験系を組み上げている。まず、マウスに、必ずネオ抗原と認識できる卵白アルブミンなど外来抗原由来ペプチド遺伝子にネオ抗原が発現していることをモニターするための蛍光色素遺伝子(これも抗原になるはず)を融合し、これを導入したトランスジェニックマウスを作成する。

次に、このトランスジェニックマウスとCreリコンビナーゼでK-rasの発現とp53欠損が誘導できる様にしたマウスから、膵管上皮細胞のオルガノイドを形成させ、これにCreリコンビナーゼを導入して発ガンを誘導し、ネオ抗原の発現をモニターできる膵臓ガンモデルを作成している、

こうして作成したネオ抗原発現膵臓ガンを免疫不全マウスに移植すると、ガンはそのまま増殖するが、正常マウスに移植すると、完全に除去される個体がいる一方、ガンが免疫を逃れる個体が一定数出てくる。大事なのは、ネオ抗原をモニターできるおかげで、ネオ抗原が消失した結果ガンが免疫を逃れているのではないことを確認して、免疫回避のメカニズムを探索できる。さらに、ネオ抗原がわかっているため、ネオ抗原特異的なT細胞を特定して、その機能を調べることができる。

この様に凝ったモデル実験系を用いて膵臓ガン細胞が免疫を回避しやすい理由を探り、

  1. 移植したガン組織に浸潤しているネオ抗原特異的T細胞が複数のチェックポイント受容体を発現しており、ネオ抗原に対するキラー細胞の活性が抑制されやすい、
  2. 数種類のチェックポイント分子の中で、特に現在各社で抗体薬の開発が進むTIGITの発言が膵臓ガン浸潤T細胞では目立つ。
  3. これに対応して、膵臓ガンでは、PD-1を刺激するPD-L1よりはるかに強くTIGITを刺激するCD155の発現が見られる。ガンの遺伝子データベースで調べると、rasが活性化し、p53が欠損して誘導されるガンでは、膵臓ガンだけでなく、大腸ガンでも同じ様にCD155の発現が見られることから、ras/p53発ガンとCD155は連関している。
  4. ネオ抗原特異性はわからないが、人間の膵臓ガン組織のT細胞でTIGITの発現が高い。

以上の結果から、ras/p53セットの遺伝子異常を持つ癌では、PD1だけでなく、TIGITを抑えないと、ガン免疫を維持できないことがわかる。

この発見を基盤に、では免疫系のみでマウス膵臓ガンを抑制できるか、様々な抗体の組み合わせを検討して、チェックポイント分子抑制抗体として、PD-1、TIGITに対する抗体を組み合わせた上に、T細胞の活性化を誘導するCD40活性化抗体の3者を組み合わせたときに、約半数のマウスで、ガンの増殖を抑えることに成功している。

結果は以上で、最終的には3種類の抗体併用という、これほど凝らなくても導き出せるのではと思える結果で終わっているが、個人的にはこのマニアックなところを評価したい。

マウスの実験系でも、半数のマウスではガンを抑制できないことから、キラー細胞の組織への浸潤など、他にも検討すべき問題は残っているが、膵臓ガンも免疫系だけでコントロールできるという可能性は示された。難敵膵臓ガンも、少しづつ克服への道が見えてきた様に感じる。

当面は、TIGIT抗体の治験結果が待たれる。

  1. okazaki yoshihisa より:

    ras/p53セットの遺伝子異常を持つ癌では、PD1だけでなく、TIGITを抑えないと、ガン免疫を維持できないことがわかる。
    Imp:
    TIGIT抗体。。。効果が楽しみです。

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