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8月4日:一個の細胞があれば全ゲノム塩基配列を解読できる(Nature誌オンライン版掲載論文)

2014年8月4日
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先月Nature誌に掲載された幾つかの論文から、ガンのゲノム研究分野が基礎研究としても大きな拡がりを見せていることを窺い知ることが出来たので、ここで順次紹介したいと思っている。今日第一弾として紹介するのは、テキサス大学MDアンダーソンがん研究所からの論文で、単一のがん細胞の全ゲノム解析を可能にする方法の開発と。それを用いたガン集団の多様性を示した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Clonal evolution in breast cancer revealed by single nucleus genome sequencing (単一核ゲノムシークエンスによって明らかになる乳がんクローンの進化)」だ。そもそも30億塩基対という膨大な数の核酸を持っている私たちの細胞が一回分裂すると、2個の娘細胞のゲノムはすでに核酸レベルで違っている。この多様性は、ガンを薬剤で治療するときの最大の問題だ。せっかく薬が効いても、時間がたつと抵抗力のある細胞が出てくる。これは細胞分裂ごとにガン細胞のゲノムが多様化することが原因ではないかと考えられている。しかしガン細胞の集団から集めたDNA配列は常に多数派が反映されるため、多様性を担う少数派は切り捨てられる。従って、ガン集団の多様性を調べるためには、個別の細胞のゲノムを調べ比べる必要がある。この要請に応えたのがこの研究で、これまでの方法を改良し、単一細胞の全ゲノム配列解読するための方法を開発した。そしてこの方法を使って、乳ガン細胞集団の中に理論的に予想されるのとほぼ同じ程度の多様性が存在することを示すのに成功している。新しい方法の一つのポイントは、細胞全体からDNAを抽出する代わりに、核だけをセルソーターと言う機器を使って集める点だ。これにより細胞がDNA複製を終えた直後の核を採取して、普通の核と比べて2倍量のDNAを一つの核から得ることで、全ゲノムを採取する確率を上げている。詳細は省くが、それ以外にも様々な改良が加えられており、培養細胞株を用いたモデル実験から、確かに全ゲノム配列を高い信頼性で解読できる方法であることを高らかに唄っている。誰でもすぐに追試できるというわけではないだろうが、ガンの多様性を調べる方法論は整った。論文ではこの方法を用いてエストロゲン受容体、プロゲステロン受容体陽性、 Her2陰性乳がんと、全て陰性のトリプルネガティブ乳がんの多様性を調べている。核をセルソーターで採取する特徴を生かし、染色体数が増える異数性と呼ばれる大きな変化と多様性との関係も調べている。詳細は省くが、期待通りこの方法を使えば、一つ一つの細胞の間の違いを特定することが出来る。1)各細胞共通に見られる変異、2)一部のグループだけで見られる変異、そして3)各細胞個別の変異、それぞれの分布パターンを解析することで、ガンの発生から、特定の多様性を有するがん細胞が優勢になって行く進化の過程を追跡できることがわかる。ガンの多様性の実体を把握できることで、今後、抗がん剤の効果や耐性の獲得に関わる理解は大きく進展するだろう。この研究で調べられた乳がんについて言うと、トリプルネガティブ乳がんは、エストロジェン受容体陽性乳がんと比べ、異数性など大きな染色体異常を来す率が高い。更にこの様な異数性を示すがん細胞は、単一の共通祖先をに由来している。即ち、異数性のような大きな変化が、ガン細胞の増殖優位性獲得の背景にあることがわかる。勿論この結果から、なぜトリプルネガティブ乳がんの予後が悪いかすぐ理解できるわけではない。しかし示されたデータは美しく、今後転移、薬剤耐性の獲得などの悪性度データと関連づけて行くことで新しい理解が進む気がする。これまで紹介して来た血中に流れるガン細胞採取との相性もいい優れた技術が開発されたと思う。少なくとも乳がんに関しては、基礎も臨床もヒトのガン細胞を用いて最高レベルの研究が行える時代が来たことを実感する。
  1. Okazaki Yoshihisa より:

    トリプルネガティブ乳がん:
    エストロジェン受容体陽性乳がんと比べ、異数性など大きな染色体異常を来す率が高い。
    この様な異数性を示すがん細胞は、単一の共通祖先に由来している。
    異数性のような大きな変化が、ガン細胞の増殖優位性獲得の背景にあることがわかる。

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