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9月17日:言語遺伝子FoxP2(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2014年9月17日
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言葉を話すのは人間だけだ。言葉が可能になるためには、例えば「リンゴ」と言う音の記憶と、リンゴの視覚イメージの記憶が結合して脳内に残っている必要がある。これを可能にする脳構造がヒトでどう進化したかは21世紀最大の課題だ。21世紀に入ってすぐ、遺伝性の重症の発話障害の原因遺伝子としてFoxP2が特定され、言語を可能にする脳構造形成に関わる遺伝子がみつかったと世界中が興奮した。しかしこの遺伝子は決してヒトにだけにあるわけではない。脊椎動物には広く存在する。ただ、ヒトとサルでは2アミノ酸残基の違いがあり、今はこの違いが言語発生に関わるかどうかが研究の焦点だ。このホームページで何度も紹介したネアンデルタール人のゲノム解読の第一人者ペーボさんもFoxP2には特別の興味があるようだ。ネアンデルタール人のFoxP2遺伝子が私たちと同じであることを示した論文を発表しているし、なんとヒト型FoxP2に置き換えたマウスまで作成して、ヒト型FoxP2に脳回路の形成を変化させる力がある事を示している(Cell, 137, 961, 2009)。今日紹介するMITとドイツマックスプランク研究所の共同研究はこの続きの仕事で、勿論ペーボさんも責任著者として名を連ねている。論文のタイトルは「Humanized FoxP2 accelerates learning by enhancing transition from declarative to procedural performance (ヒト型FoxP2はマウスの陳述的行動から手順的行動への変換を促進して学習を加速する)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。陳述的行動、手順的行動とは心理学的用語で、意識的に行う行動と、自動的に行う行動と言った意味で理解すればいい。しかし、これは人間についての定義で、同じ定義をマウスにどう当てはめるか、特殊な心理テストが必要だ。詳しくは述べないが、ここでは学習時に視覚と触覚の両方から情報が入ってくる条件での行動を陳述的、一つの刺激だけで学習させる場合の行動を手順的とする心理テストを使っている。詳しい事を全て省いてまとめると、ヒト型FoxP2を持っていると、様々な刺激が入って競合しても、それを単純な手順的行動へ変換する事が出来るが、マウス型のFoxP2のままだと、刺激が多いと混乱して学習が遅れると言う結果だ。この生理学的基盤についても調べており、この行動に関わる線条体でのドーパミン量がヒト型マウスでは低下し、脳細胞レベルでのグルタミン酸レセプター依存性の長期記憶形成が促進している事が示されている。結論的には、FoxP2がヒト型になると、線条体の神経で遺伝子発現が変化し、その結果長期記憶が更新する。この生理的変化により、複雑な刺激回路をうまく整理して、一つの行動へと統合する、言語発生に必要な能力が新たに獲得されると言う話のようだ。このシナリオを信じるかどうかは、マウスの心理テストが陳述的行動を本当に反映しているかどうかにかかっている。私自身はFoxP2の話を聞いたときから、言語の様な複雑な情報システムが一つの遺伝子で決まるはずはないと冷ややかに見ていた方だ。しかしペーボさんたちの執念を見ていると、ひょっとしたらと言う気持ちになってくる。おそらく今はクリスパー等を使って、ヒト型FoxP2を持つサルが開発されているだろう。実際ペーボさんが設立したライプチッヒのマックスプランク研究所には、ペーボさんのゲノム分野に加えて、言語学分野、そしてサル学分野が設けられている。今から考えると、彼の長期的視野に驚く。間違いなくライプチッヒの人類進化研究所は21世紀をリードする研究所だ。

  1. 矢野久 より:

    言語遺伝子FoxP2・・・
    新人(=ホモサピエンス20万年前)がいつごろから言語を操るようになったのか知りませんが、仮に5万年前だったとしてもこの進化現象、地球上の生命38億年の歴史の中でこんなに短期間に突然変異と自然選択という一般に言われる進化論で説明できるものとはとても思えません。これは系外惑星の人類よりはるかに進んだ知的生命体が送り込んだ(または宇宙へばらまいた)FoxP2遺伝子を持ったウィルスか細菌が地球へ届き、ホモサピエンスの性染色体に感染した結果起こった突然変異、すなわち水平遺伝した結果としか考えようがありません・・・。
     などと勝手に想像していますがご意見を・・・。
    もし小生と似た考え方をされている国内外の研究者なり学者がおられたらご紹介ください。

    1. nishikawa より:

      答えを超自然的原因に求めることは、議論をやめることです。その瞬間科学者でなくなります。

  2. 宇宙かぶれ文系 より:

    フランシス・クリックの意図的パンスペルミア説ですね…

    意図的にではなくても、ウイル進化論を訴えている学者さんもおり(少数派だとは思いますが)、地球外からのウイルス感染が遺伝子の変異を生んだ可能性は0ではないと思うのですがいかがでしょうか。

    1. nishikawa より:

      考えることと、科学にするのとは違います。カールポパーの言うように、科学的可能性は、反論可能性がないと成立しません。今の所地球外のウイルス感染に対して正式に反論するすべはない

  3. Hirosawa より:

    ヒトが進化して来た過程において、言語野発達にFOXP2が主に関与したと考えて良いのでしょうか?

    1. nishikawa より:

      一つのイベントで言語が生まれるとは思っていません。幾つかの進化が合わさって起こると思います。今JT生命誌研究館の「進化研究を覗く」では、言語の誕生についての条件をずっと書いてきていますので、参考にしてください。http://www.brh.co.jp/communication/shinka/2017/

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