AASJホームページ > 新着情報 > 論文ウォッチ > 11月24日:研究は課題とアイデア次第(11月20日号Cell掲載論文)

11月24日:研究は課題とアイデア次第(11月20日号Cell掲載論文)

2014年11月24日
SNSシェア

昨日に続いてDNA複製開始点の話で申し訳ないが、最も興味を引いた論文だったし、また連休ということでお許しいただこう。この2日間見てきたように、遺伝子組み換えやDNA合成は危険と隣り合わせだ。わざわざ安定なDNAを切断したり、2重鎖をほどいたりしなければならず、失敗の起こりやすい過程で、その結果様々な突然変異の原因となる。昨日紹介した複製単位の核内での構造化は、この変異を極力避けるための一つの手段だが、複製単位の個人ごとの多様性がガン体質につながる可能性もある。この問題に取り組んだのが今日紹介するハーバード大学からの仕事で11月20日発行のCell誌に掲載された。タイトルは「Genetic variation in human DNA replication timing(ヒトの複製タイミングの遺伝的多様性)」だ。複製開始点の多様性を調べることはそう簡単でない。昨日紹介したように、細胞を試験管内で増殖させ、BrdUを取り込ませ、合成したばかりのDNAの配列を決定する過程を何十人、何百人について行う必要がある。お金も、人手もかかるため、研究はあまり進んでいなかった。この従来法に代わる名案を示したのがこの仕事だ。しかしこんなアイデアを思いついて、それがうまく行った時は上等のワインの栓を抜いただろう。アイデアはこうだ。ゲノム解析に用いられる次世代シークエンサーはshort readと呼ばれるように、ゲノムの短い断片を読んで、それを手本を下敷きにして重ねていく。配列の正確度を統計的に確保するため、同じ断片を何回も繰り返して読む。これまでは断片あたりの読む回数は大体同じとして、少々の差を無視してきたが、DNA合成している細胞では、当然複製開始点に近い断片ほど多く存在し、読まれる回数は増えるはずだ。すなわち各断片の出現回数として、ゲノム解析自体の中に複製単位の情報が含まれるというアイデアだ。これを確かめるために、幾つかの細胞株で複製単位を調べる通常の方法と、同じ細胞のシークエンスデータの中から再構成した複製単位とを比べ、ほぼ正確な一致が見られることを確認して、次に進んでいる。この仕事はこのアイデアが全てだ。あとは実験は必要ない。これまで1000人ゲノムとして公開されているデータのうち、試験管内で増殖しているリンパ球のゲノムを解析した161人のデータを抽出してきて、複製開始点をマップしていく。確かに増殖中の細胞では開始点を特定できるが、増殖していない血液細胞のゲノムデータでは開始点を特定できない。細胞が活発に増殖していることが重要だ。さて、多様性を調べるために161人は数としては十分だ。データを解析するだけで以下の結論を得ている。1)複製開始点はほとんどの人で保存されているが、中には個人差がハッキリする場所がある。2)開始点の活性の大きな差が認められる場所が20カ所特定できるが、小さな差になるとおそらくもっと多い。3)この20箇所での変化の内訳は、開始点が消失する場合が52%、開始点の高さが高くなるもの(開始が早まるような変異)が25%、開始後の合成速度が遅くなるものが23%。4)1000人ゲノムのデータを使っているため、この変異の背景にある遺伝子配列の変化、いわゆるSNPも明らかにできる。間違いなく遺伝子配列の多様性が開始点の多様性につながっている。5)昨日にも紹介したように開始点が染色体構造と密接に関わっており、RNA転写活性の高い場所に開始点が存在している場合が多い。このように、これまでのデータをうまく利用するだけでずいぶん多くのことを明らかにできることを示した上で、ガン体質に関わる課題に取り組んでいる。これまでの研究から、白血病に繋がるJAK2と呼ばれる分子の突然変異が起こりやすさと相関するSNPが明らかにされていたが、このSNPが突然変異の頻度を上昇させるのかはわからなかった。この研究で、このSNPがまさにこの開始点の活性の小さな違いと相関していることが明らかになった。この場所では、複製の方向と転写の方向が逆向きになっている。実際にはほんの少し複製の開始が普通より早くなるのだが、この結果遺伝子自体が脆弱になるのではないかという仮説を提出している。仮説については将来の検証が必要だが、複製開始点の多様性が染色体の脆弱性につながり、突然変異が起こりやすくなる可能性は大いにある。その意味で、今回示された新しい複製開始点特定方法は、この問題の解明に大きな貢献をするのではないかと思う。今私たちの周りにはガン細胞も含めた増殖細胞の膨大なシークエンスデータがある。これをDNA配列データだけと見るか、他の情報も含んでいると考えるかは研究者の根本的資質の差を反映していると思う。いずれにせよ、よくわからないガンの家系の一部も、この視点から解明される日は近い気がする。

  1. kudo より:

    ご無沙汰しております。最近毎朝先生のサイトチェック!複製開始点の論文、私の長年の疑問に光が投げかけられたようで、盛り上がりました!多分、2月か3月に神戸の方に行くはずなので、遊びに伺わせて下さい!

    1. nishikawa より:

      いつでもおいでください。盛り上がりましょう。

nishikawa へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

*


The reCAPTCHA verification period has expired. Please reload the page.