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12月29日:成人の肝臓から肝細胞と胆管に分化できる幹細胞を長期に培養する(1月15日号Cell誌掲載論文)

2014年12月29日
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昨日紹介した、ヒト多能性幹細胞から始原生殖細胞を誘導する方法の開発は、再生医学にとって重要な一ページを刻んだ研究だと思う。同じ号のCell誌には、再生医学に大きな貢献を果たす可能性のあるもう一つの論文がオランダのユトレヒト大学だら報告された。タイトルは「Long-term culture of genome-stable bipotent stem cells from adult human liver (成人の肝臓から肝細胞と胆管細胞の両方に分化可能な幹細胞の遺伝的に安定な長期培養)」だ。要するに、大人の肝臓細胞を長期間培養して、そこから肝臓や胆管細胞を誘導して再生医学に使える方法が開発できたという報告だ。研究を行ったHans Cleversは、内胚葉の組織幹細胞研究の第一人者で、現慶応大学の佐藤さんが在籍中、Lgr5と呼ばれるR-spondin受容体を発現している腸管幹細胞の長期培養法を開発して、多能性幹細胞やリプログラム万能の風潮に一石を投じて脚光を浴びた。当時から会議で会うと、あらゆる内胚葉系の幹細胞は、Lgr5を発現しておれば培養できるようになると豪語していたが、今回ヒトの肝臓細胞のLgr5養成細胞の長期培養に成功した。彼らがこれまで開発した肝臓Lgr5陽性細胞培養法はたかだか2−3週間の培養が精一杯だった。この研究では、従来のWntシグナル経路刺激を中心とした培養に、増殖抑制を誘導する可能性のあるTGFβを阻害する科学化合物A8301とcAMP経路を刺激するフォルスコリンをさらに添加して立体培養を行うと、ヒト肝臓のバイオプシーサンプルから60時間に1回分裂を安定的に繰り返す幹細胞を培養できることを示している。次に増殖細胞の由来について調べて、増殖している細胞が、胆管に存在する幹細胞で、これまで肝臓の幹細胞として研究されてきた星細胞などではないことを示している。実際、胆管幹細胞が単一細胞から培養できることは横浜市大の谷口さんたちがマウスではずいぶん昔に示していたが、同じ細胞だと思う。この研究は特にこの培養の遺伝的安定性を強調して、培養中に遺伝子変異が起こることが現在の技術では避けられないヒトES細胞やiPSと比べて、再生医学応用の面で安全性が高いことを示している。事実、単一細胞からクローン培養を行い3ヶ月後に行ったゲノム配列の決定から、培養で起こる変異が体の中ですでに起こっている変異の10分の1以下で、100個程度しかないことを示しており、遺伝的安定性の点では体の中に存在する細胞と全く変わりはない。これは再生医学の利用という面からは組織幹細胞が最終的に有利だとするHansの信念を表現したものだろう。さて、この方法でほぼ無限に培養できる胆管幹細胞は、さらにNotch阻害剤、FGF9、BMP7などを加えると試験管内で成熟した肝細胞に分化し、アルブミンを作り、アンモニアを処理することができる。また、幹細胞への分化誘導をかけずに肝臓が障害されたマウスに投与すると、そのまま肝細胞へと分化し、2ヶ月以上アルブミンを体内で作り続ける能力があることから、十分再生医療に利用できる。最後に、多能性幹細胞の長所として強調されている疾患モデルについても、突然変異を持つ患者さんからバイオプシーを行うことで、肝臓細胞や胆管細胞の疾患モデルを構築できることも示している。論文を読むと、内胚葉組織細胞にかけるHansの強い気持ちが伝わってくる。iPSの報告以降、これに対抗するため同じような主張は様々な組織幹細胞の研究が行われてきたが、なるほどと高い説得力のある完璧な実験でそれを示せた研究者はHansを含めて限られている。皮膚などと同じで、肝臓については組織幹細胞が利用できることが明らかになった。今後再生医学の観点からどの細胞が用いられるかを決めるのは、大量培養のためのスピードとコストだろう。現在我が国で進んでいる網膜色素細胞やドーパミンニューロンを移植する治療と比べると、肝細胞を補充する再生医療は細胞数が2桁以上多いため、時間がかかると考えていた。しかし、今この技術があれば救える病気は存在している。例えば、アンモニア代謝経路に突然変異を持つ新生児の治療には肝臓移植が必要だが、大人の肝臓は大きすぎるため、移植まで成長を待つ必要がある。待っている間アンモニアによる脳障害を防ぐ必要があるが、この移植までの期間を肝臓細胞移植で乗り越えられないか我が国でも研究が進んでいた。このような疾患に対する最初の再生医療がどの細胞を用いて行われるのか競争が始まった気がする。おそらくハンスの方法が一番乗りを果たすような気がする。

  1. 橋爪良信 より:

    活性代謝物による肝毒性の評価はできるようになりました。次は胆汁酸トランスポーター関連の薬物生肝障害の評価系です。胆汁酸トランスポーターを介する肝組織と胆汁酸排出系のジャンクションが再現できるか?!

    1. nishikawa より:

      ほぼできているのではと思います。おそらく肝毒性テストに使う細胞もこの技術を使うようになるのではと思います。

  2. okazaki yoshihisa より:

    再生医学の利用という面からは組織幹細胞が最終的に有利だとするHansの信念を表現したものだろう。
    Imp:
    組織幹細胞を使った再生医療にも可能性が。。。
    武部先生のグループの活躍にも期待です。
    日本、幹細胞生物学では世界をリードしている印象を持ちました。

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