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5月7日:新手のガン免疫療法(Natureオンライン版掲載論文)

2015年5月7日
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連休中外国に出かけ、現在帰国の途にある。当てにしていた飛行機内でのWiFiが使えず、ホームページへのアップロードが10時を過ぎてしまった。いずれにせよ今日中にアップロード出来てホッとしている。というのも、今日は「論文ウォッチ」にとって特別の日だ。昨年の5月8日から1日も欠かさず論文を紹介して来て、ちょうど今日が1年目にあたる。もちろん途中で穴が開いたとしても、読んでいただいている皆さんにとっては別に大したことではないだろう。でも、1日も欠かさず毎日論文一報を紹介しようと思い立った私は、大きな達成感を味わっている。   毎日休まず論文を紹介しようと思い立ったのは昨年の3月で、4月1日を期して、目標達成に向けて日々の生活サイクルまで変化させて書き始めたのだが、一ヶ月ほど続けた5月4日あえなく頓挫してしまった。別に病に臥せったというわけではなく、実際には連休を利用して参加したボルネオ・ジャングルトレッキングツアーで泊まった宿のインターネット接続がうまくいかず、原稿は書いたが3日間ホームページにアップすることが出来なかったのが理由だ。もちろんボルネオまで出かけるからには、宿でインターネットにアクセスできるかも問い合わせていたのだが、行って見るとホテルのLANは使い物にならず計画は頓挫した。気を取り直して、帰国後5月8日から再度挑戦を始め、今度は穴を開けることなく、少し遅れたが本日昼前、目出度く1年目の記事をアップロード出来た。とはいえこの前置きは全く私の自己満足で、今日もこれまで通り淡々と論文を紹介する。  1年365日論文を紹介し続けると、生命科学分野のホットトピックスについてはだいたい把握できる。中でもガン免疫療法についての最近の論文を読むと、これまでやってみないと結果がわからなかったガンの免疫療法が、結果を論理的に予想できる治療へと確かな一歩を踏み出したことを実感する。今日紹介するスタンフォード大学からの論文も同じようにガンに対するキラーT細胞の誘導が目的だが、臨床応用も近いと思わせる独自の方法を提案した研究でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Allogeneic IgG combined with dendritic cell stimuli induce antitumour T-cell immunity (遺伝的系統の異なる個体からのIgGと樹状細胞の刺激を組み合わせることでT細胞免疫を誘導できる)」だ。   さて、いくら悪性のガンでも、遺伝的に異なる系統に移植すると完全に排除される。このことから、キラーT細胞がしっかり誘導できればガンを根治できることがわかる。これを実現するため、1)正常とガンを区別できるガン特異的ペプチドを特定し、2)樹状細胞とともに免疫して、3)ガン特異的キラーT細胞を誘導するのが現在の研究の主流だ。特に最近、このコンセプトが正しく、キラーT細胞を使ってガンを根治できることを示す論文が相次いで発表され、メラノーマについては臨床研究まで始まった。たしかにこの方向は究極のプレシジョンメディシンで、結果を予測できる論理的な治療法だが、プロトコルが複雑で、普及には時間がかかる。もう少し簡単なキラー誘導方法がないか検討したのがこの研究で、まず宿主とは系統が異なるため、拒絶されることがはっきりしているガン細胞に対する免疫が成立する過程を詳細に分析し、ガン細胞拒絶のための条件を探している。その結果、他系統のガンに宿主のIgGが結合し、ガン細胞表面で抗原抗体複合物が形成されることが、ガン免疫成立のカギであることを突き止めた。そして、抗原抗体複合体が樹状細胞を活性化してガン細胞の取り込みを促進し、結果として樹状細胞が多くのガン特異抗原をT細胞に提示できるようになり、ガン特異的免疫が成立することを明らかにした。次に樹状細胞を活性化するための条件を検討した結果、ガンの増殖部位にガンに結合するIgGと樹状細胞を刺激するTNFα+CD40Lを注射するだけでガンを完全に除去できることを示している。最後に、こうして活性化された樹状細胞を他の担ガン宿主に移植するとガンが消滅することを確認し、活性化樹状細胞が誘導できると多くのガン細胞が樹状細胞に取り込まれ、ガン特異的免疫が成立することを示した。また、架橋剤を使って抗原と無関係にIgGをガン細胞に結合させる方法でも樹状細胞を活性化できることを示している。これらの結果から、IgGによる樹状細胞活性化のために、必ずしもガン表面に抗体が結合できる抗原が存在する必要はなく、樹状細胞を活性化することが、キラーT細胞を誘導のための最も重要な要因であることがわかる。これは、実際に臨床応用するとき役に立つ情報だ。この研究はまだ動物モデルの前臨床段階だが、人への応用を視野に入れて、人のガン表面上の抗原抗体複合物が樹状細胞を活性化し、T細胞免疫を誘導することを最後に示している。  様々な実験が行われているが、適切に活性化した樹状細胞にガン細胞を処理させれば、自己のガンに対しても強い免疫反応を誘導できるという結論だ。重要なのは、このプロトコルは明日にでもヒトに応用できる点だ。健康保険は使えないが、樹状細胞によるガンの免疫療法は我が国でもずいぶん普及し、この治療を専門に提供している施設の数も多い。しかしこれまでの方法は、原理は正しいが、うまくいくかどうかはやってみないとわからなかった。その意味で、現在普及している樹状細胞治療を少し変えるだけで、より確実な方法へと技術をステップアップさせられるなら、期待は大きい。
  1. 蔡 暁蕊 より:

    西川先生
    お疲れさまです。私は読む速度は遅いので、先生の書いている論文一報を読みのはとっても助かります。がい細胞を他の系統に移植すると確実に除かれると言う分子メカニズムはキラーT細胞系でしょうか?私達の体のなかに毎日沢山のがん細胞を形成し、免疫系による除かれるのもキラーT細胞によるですか?

    1. nishikawa より:

      最終的には全てT細胞免疫です。ただ、キラーT細胞だけではなく、炎症性の反応を誘導するT細胞も重要です。

  2. Okazaki Yoshihisa より:

    2019年1月1日から拝読するようになった愛読者です。
    論文upの裏側を垣間見れました。

    自分にとっては、貴重な情報源です。
    ありがとうございます。

    IgGによる樹状細胞活性化のために、必ずしもガン表面に抗体が結合できる抗原が存在する必要はない。
    とにかく樹状細胞を活性化し、キラーT細胞を誘導するのが重要。
    →neoantigen、実際に同定することは難しそうですので、面白い方法だと思います。

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