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12月8日:幸い我が国では必要のない研究(2016年1月号Epidemiology掲載論文)

2015年12月8日
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先進国の中で米国の銃による犯罪率と死亡率は際立っている。私自身、アメリカの都会を訪れるとなんとなく不安な気持ちで身構えてしまう。もちろん2-30年ほど前と比べると今はずいぶん安全になっている。まだ熊本大学にいた頃、コロンビア大学にセミナーに行く機会があった。そのときHostのTom Jesselは地下鉄の出口から走れと冗談めいてアドバイスしてくれたが、実際路上に出てみると全く当たっていないわけではないと思った。米国で10−24歳までの若者の死亡率2位は銃創らしい。死亡の原因を探り、それを予防するのが医学の役目なら、当然銃による若者の死亡を防ぐ事は、ガンによる死亡を防ぐのと同じように医学の務めだ。今日紹介するペンシルバニア大学からの論文はまさにこの米国特有の問題に取り組んだ研究で2016年1月号のEpidemiology(疫学)に掲載された。タイトルは「 Mapping activity patterns to quantify risk of violent assault in urban environment (人の行動パターンと都会での暴力的犯罪の危険度を統合する)」だ。どの都会でも、安全な場所と危険な場所がある。実際、犯罪の発生率などはこれまでもプロットされており、米国の都会を訪ねる場合はある程度この地図を頭に入れておくのは重要だ。ただ、ほとんどの場合、地区別の犯罪は示されるが、実際そこにどんな店が存在したのか、警察署はどこにあったのか詳しく相関させた分析はなかったようだ。この研究では、フィラデルフィアという都市での様々な要因マップを作り、それに犯罪の犠牲者の1日の行動パターンをかぶせて分析するという手法で、犯罪の起こりやすさを統計的に調べている。都市の条件とは、例えば警察署や消防署の位地、暴力発生頻度、空き地、公共物の破壊頻度、アルコール消費量、失業、大学教育、地域の連帯に至るまで27項目にわたっている。こうして作成した地図に143人の銃による襲撃被害者、206人の銃以外の襲撃被害者、283人のコントロールをインタビューし、犯罪時の行動パターンを重ね合わせている。結果を見ると、わざわざこれほどの調査を行わなくとも常識でわかるような事で、例えば一人で歩いている時のほうが襲撃されやすいとか、地域の連帯があるところでは襲われにくいなどだ。ただ、少なくともこのような犯罪に慣れていない私たちから見て驚く結果もある。例えば、銃の保有率の高い地区ほど逆に銃犯罪が多く、銃を使わない襲撃は少ない。すなわち犯罪者の頭の中にも、同じようなマップが出来上がっているようだ。驚くのは、警察署や消防署の近くでも銃による被害が多い事で、よく理解できない。いずれにせよ、浮き上がってくるのは不登校が多く、空き家や空き地が多い地域で暴力が日常化している光景だが、アメリカ映画の定番だ。これまで読んだ事も、また考えた事もない分野で、ただ好奇心だけで読んだが、わざわざこんな研究が必要のない国に生きてよかったと思う。一方、同じような研究をイジメや自殺に広げて行う事は重要だと思った。被害者の声を、学校以外の第3者が調査として聞いて、研究論文として残す。我が国の場合、ほとんどの調査は役所の本棚に収まって終わりになる。査読された論文として様々な調査をぜひ残していってほしい。
  1. 浅川茂樹 より:

     今日、昼休みに日経サイエンスを見ました。ちょうど、この論文ウォッチを拝見した後でしたので目に留まりました。日経サイエンスの記事は「疫学の手法で殺人を減らす」というものでした。
     著者は記事中、R.ゲレーロ・ベラスコ氏でコロンビアのカリ市の市長であり、ハーバード大医学部卒です。記事を拝見して、疫学手法で何をしたのかということよりもカリ市と日本との社会状況のちがいにおどろきました。例えば、殺人事件の容疑者の6%しか逮捕できず、起訴はさらに低いといったこと等々。
     ふと考えますと、世界ダントツで高齢化が進んでいる日本の現状を高齢化の進んでいない国が見ると同じように驚かれるのでしょう。

    1. nishikawa より:

      いじめや、子供の自殺の調査は盛んに行われていますが、論文にするという発想がないように思います。ぜひ日本の行政も調査を論文にする訓練をしてほしいものです。

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