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9月18日:アルコール酵母は人間の歴史を語る(9月8日号Cell掲載論文)

2016年9月18日
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どんな目的で人が集まっても、酒についての話題が始まると、本来の目的を忘れて話が盛り上がる。半分はアルコールの脳に対する作用のせいだが、もう半分は酒との付き合いが、多くの人たち(少なくとも私たち夫婦)の、生活を語り、歴史を語り、民族を語り、国際性を語るからだろう。
   同じように、酒は人類とともに進化し、その多様性は各民族の文化の一部を担ってきた。だからこそ、酒の話題になると誰もがウンチクを語りたがり、話が終わりなく続く。驚くのは、この多様性の全てが、発酵に関わる出芽酵母C.Cervisiaeの多様性を反映していることだ。
   この多くの酒好きのウンチクをさらに深めてくれる論文がビールの国ベルギーから9月8日号のCellに発表された。タイトルは「Domestication and divergence of saccharomyces cervisiae beer yeasts(ビール酵母S.Cerevisiaeの利用と多様化)」だ。
   この論文では様々な酒類の発酵に使われる酵母157種類についてゲノムを調べ、酵母ゲノム変化と、そこから醸し出される酒の特徴とを相関させようとした研究だ。したがって、この論文はゲノムについての研究とはいえ、自然科学の研究というより、文化人類学についての研究と言っていい気がする。実際、特定の生物のゲノムを100や200解読したからといって、Cellの編集者の支持は得られないだろう。まさに、誰もがウンチクを語り始める酒についての核心に迫る面白さがあるから、この論文がレフリーや編集者に支持されたのだろう。おそらく編集者が全くの下戸ならこの論文は採択されなかったはずだ。まさに酒好きのための論文で、かくいう私も酒を思い浮かべながら楽しく読んだ。
   結論をまとめるとすると、「酒を作る時の酵母には人類の歴史・文化、そして嗜好までもが記録されている」と説明すれば十分ではなかろうか。
   ただ、次の酒の席でウンチクを語りたいあなたに、少しだけ知識についてもまとめておこう。
1) 世界中でアルコール醸造のために使われる酵母は、ほんの数種類の先祖から由来している。
2) 中でもビール酵母の多様性は大きく、英国やヨーロッパ本土のビール酵母の多様性は著しい。一方、アメリカのビール酵母は、私たちが感じているように多様性は少ない。
3) 酵母の系統の確率は、17世紀で、微生物学の概念が生まれるより前からそれぞれの土地で、人間の手で系統化された。
4) ビール酵母は醸造から醸造へと培養を続けていくので、すでに胞子形成能力を失っている。一方、ワイン酵母は、ブドウや昆虫とともに自然を生き続けているので、胞子形成能や自然ストレスへの耐性が維持されている。
5) ビール酵母は、2種類の異なる先祖から由来しているが、目的が同じであるため、匂いや味に関わる遺伝子の変化がほとんど同じになっている。
6) ちょっとマニア向けのウンチクだが、ビールだけでなく、日本酒やワインでも嫌う、強いスパイシーでクローバーの匂いは主に4VGという物質由来で、この物質を作る酵素は酵母から除かれていることが多いが、この匂いを特徴とするドイツのヴァイツェンビール酵母では、きちっと維持されている。
  他にもスピリットの酵母、日本酒の酵母について面白い話が目白押しだが、もう紹介しきれない。要するに、酒の酵母は文化の歴史を記録しているという話だ。そして、この文化と酵母のゲノムを組み合わせると、新しい味を生み出せる可能性まで示している。ひょっとしたら21世紀のコスモポリタン文化が、この論文から生まれるような気がする。
  1. 匿名希望(本名が必要であれば、メールでお尋ね頂ければ幸いです) より:

    完全に分野は違いますが、下戸の研究者として一言申し上げたいです。
    「おそらく編集者が全くの下戸ならこの論文は採択されなかったはずだ」という言説は、下戸という編集者の遺伝的な性質が、論文の採否という学術的な判断に影響するであろう事を示唆する発言であり、そのように見られているのは研究者の一人として心外です。
    下戸であっても酒の味は分かる人もおりますし、そもそも、酒やアルコール発酵に関する発見が、他の一般の生物に関する発見より社会的に重要であろうことは容易に推測できるものです。例え編集者が本人が下戸であっても、酒文化の重要性を考慮すれば、論文を通した可能性は高いと思います。
    例えば、日本の人口比では下戸と同程度の5%程度いる赤緑色覚異常の編集者は、正常な色覚に関する重要な論文を通さないのでしょうか?主張されている事は同様の言説に聞こえます。
    タイトルの「アルコール酵母は人間の歴史を語る」ことも、この記事の著者が酒好きであることは理解しますし、その通りだと思いますが、編集者の遺伝的な性質が学術的な論文の採否判断に影響を与えたと示唆する今回の言説については、AASJのような学術的な記事としてはふさわしくないように思い、強い違和感を感じましたことを、ここに記しておきます。

    1. nishikawa より:

      あまりこの文章を真面目に取られるとは思っていませんでした。私もふざけて書いております。もちろん、論文の内容は出来るだけしっかり伝えるようにしております。しかし、私の経験ではトップジャーナルの編集者はある程度遊び心も許されているように思います。もちろんこの論文を扱った編集者が下戸かどうかは私の推察です。また、下戸かどうかは決して遺伝の問題ではなく、文化や環境の問題でもあります。

    2. nishikawa より:

      意見としてサイトに掲載しておきます。

  2. 匿名希望(本名が必要であれば、メールでお尋ね頂ければ幸いです) より:

    トップジャーナルに遊び心があることも承知していますし、一定の遊び心は科学の発展に役立つと思いますが、遊び心があれば、本人の意志では変えられない「下戸」のような個人的な性質を茶化していいかどうかというと、それはいけないでしょう。

    遊び心なら、例えば、「赤緑色覚異常の編集者は、きれいな発色のディスプレイを作る研究を通さないだろう」とか、「頭髪のない編集者は、絡まない櫛を作る研究を通さないだろう」などとAASJでは公言してよいのでしょうか?あるいは、「女性の編集者は、男性機能を向上する論文を通さないだろう」などと書いてよいのでしょうか?
    上記の3つの例と、「下戸の編集者はアルコール発酵の論文を通さないだろう」と公言するのは何が違うのでしょう?例えば、頭髪の有無などは、完全に遺伝だけの問題ではなく、環境の影響も関わってくるので、下戸の例と条件は同じであると思いますが。

    >>「下戸かどうかは決して遺伝の問題ではない」
    これは科学的に間違っていると思われます。遺伝の問題「だけ」ではない事はたしかですが、遺伝の問題は確実にあります。アセトアルデヒト脱水分解酵素ALDH2がAA型ですと、酒はほぼ飲めません。私の経験では、ビール一杯程度で、上戸の人が言う所の二日酔いと同じ、吐き気などの症状が出ます。日本人の約5%はAAタイプです。文献としてWIkipediaを上げておきますが、一般書にも書いてある基礎的な事実です。

    ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BB%E3%83%88%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%92%E3%83%89%E8%84%B1%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E9%85%B5%E7%B4%A0

    文化や環境の問題で飲めない方がいることは否定しませんが、日本人に遺伝的な影響で好き嫌いにかかわらず酒が飲めない、ALDH2がAA型の人間が存在することは事実です。

    端的に申し上げまして、この1文からは、Cellに論文を投稿しているコミュニティ全体が、ALDH2がAA型の人間を歓迎していないように聞こえます。
    私は大学院入試のときに、自分が下戸であることから、飲みの激しいという噂の研究室は意図的に避けた経験があります。その程度には、下戸に生まれた人間は、酒は飲めて当然とする風潮を怖がっています。憶測であれなんであれ、本人の意志では変えられない形質を理由に、「〜という編集者は、〜という論文を通さないだろう」といった先入観を公言する事は、差別的であると思いますし、単純に科学への門戸を狭め、科学人材の育成を毀損する行為であると思います。

    科学コミュニティでは、「著者個人・編集者個人がどんな性質を持っているかではなく、あくまでも論文の内容で論文の採否が決まる」ということになっていますし、それを否定するような言説は著者や編集者に失礼です。今回の論文の例でも、「酒は嗜好品として広く親しまれていて社会的に重要だから採択された」でいいのではないでしょうか?なぜ、下戸といった編集者の個人的な性質に言及する必要があるのですか?編集者の個人的な性質が論文の採択に影響したかのような言説は、論文の著者にも編集者の方にも失礼だと思いませんか?

    私は、この文章全体を否定している訳ではありません。紹介して頂いた論文が酒好きのための論文である事はその通りだと思いますが、「おそらく編集者が全くの下戸ならこの論文は採択されなかったはずだ」という一文だけが、決定的に不適切であると申し上げています。

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