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12月25日:臨床例から基礎研究へ(Natureオンライン版掲載論文)

2016年12月25日
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    これまで特定の遺伝子の機能を個体レベルで調べるためには、遺伝子操作による逆向き遺伝学や、突然変異を多くの遺伝子に誘導した系統を作成し、遺伝子と形質を対応させる前向き遺伝学が使われてきた。研究の性質上、当然様々なモデル動物を用いて研究が進められてきたが、昨日述べたようにゲノムの塩基配列が解析された人間の数が増えてくると、ほとんどの遺伝子について、欠損個体が存在し、しかも動物と比べてさらに詳しい症状が解析可能という状況が生まれている。即ち、様々な異常を訴えてくる患者さんの病院での観察から、特定の遺伝子の機能を明らかにする基礎研究が、シームレスにつながっている。
   このことを物語る典型例と言える論文が、英国、ブラジル、カナダ、オランダ、ドイツの研究者たちからNatureオンライン版に発表された。タイトルは「XRCC1 mutation is associated with PARP1 hyperactivation and cerebellar ataxia(XRCC1の突然変異はPARP1の過剰活性と小脳性運動失調を誘導する)」だ。
   論文は一人の小脳性運動失調症を訴える47歳女性患者の症例報告から始まる。28歳までは正常だったが、それ以後運動障害が始まり、来院時にはMRIで強い小脳萎縮が認められている。萎縮の原因を特定するため様々な検査が行われ、最終的にエクソームを検査してXRCC1遺伝子の突然変異が両方の染色体(片方は1293番目、もう片方は1393番目のアミノ酸)で起こっていることが判明する。
   Xccr1は酸化ストレスなどで起こるDNAの一本鎖切断を修復する多くの分子を束ねる重要な分子であることがわかっており、遺伝子が欠損したマウスは生まれてこない。一方、この分子と複合体を作る修復酵素の多くが小脳細胞死を誘導することも明らかになっており、この患者さんの解析を進めれば、なぜDNA修復酵素の機能異常が小脳性の運動失調症を誘導するのか研究することができる。
   そこでこの患者さんから細胞株を樹立して検討し、患者さん由来の細胞株では発現タンパク質が5%程度に低下しているが、一応存在していることが30歳近くまで正常の生活を送れた理由であることがわかる。しかし、DNA一本鎖切断時の修復が遅れ、その結果組換え確率が高まるなど、染色体異常が誘導されることが明らかにされる。
   これらの線維芽細胞による結果から、一本鎖の修復が遅れるため、修復箇所を特定する役割を持つPARP1タンパクが働きすぎて、ADP-リボシル化が起こり、NADが余分に除去されるため、神経細胞が死ぬのではないかと仮説を立て、患者由来細胞や、遺伝子ノックアウト線維芽細胞を用いて確認している。
   さらにこの仮説を証明する目的で、神経特異的XRCC1ノックアウトマウスとPARPノックアウトマウスを掛け合わせ、運動失調が消失することを明らかにしている。
   この結果は、XRCC1及びその結合タンパク質の異常に起因する運動失調はPARP1阻害剤で治療できる可能性を示唆する。さらに、アルツハイマー病など神経変異性疾患でもDNA修復遅れが細胞死を誘導している場合でも同じようにPARP1阻害剤が効く可能性がある。
   このように、臨床から基礎、そして臨床というサイクルが患者を救えることが証明されれば、医学研究冥利につきるだろう。
   この論文のような臨床と基礎の連携がうまくいく一つの要因は、DNA修復異常研究領域は昔からヒトの突然変異を使って研究を行う伝統があったからだと思う。ただ、ゲノム解読が進むことで、良き伝統は様々な分野にも広がると期待できる。
   なぜ小脳症状が強いのかなど理解できないところもあるが、私にとっても、脳と修復の関係を理解させてくれる面白い論文だった。
  1. 橋爪良信 より:

    疾患に関連する遺伝子解析から責任遺伝子の同定
    遺伝子改変動物によるconfidenceの強化
    疾患治療標的候補としての提示
    大変理想的な研究で、このような研究者からの
    創薬テーマ提案を待っておりますが、残念なことに
    日本の遺伝子屋さんは、疾患に関与する可能性を
    論文化してそれでおしまいです。

    1. nishikawa より:

      同感です。審査など改革が必要でしょう。

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