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12月5日 事故で失われた凍結保存卵をめぐる法的処理(11月20日号Annals Internal Medicine掲載論文)

2018年12月5日
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今でこそ世界有数の学会に成長したInternational Society of Stem Cell Research(ISSCR)も最初は米国政府のヒト受精卵の研究使用の禁止法案を阻止するための科学者側の運動として計画された。実際、突然米国の幹細胞研究者から、ブッシュ政権がヒト受精卵の研究使用を禁止する法案を議会に提出する可能性があるので、研究の重要性を訴えるために世界会議をやろうというメールがきて、賛同した各国の研究者が、ワシントンに集まったのが最初だった。当時、ヒトES細胞の重要性を支持してくれていた上院議員まで、会議に参加して演説を行ったのをよく覚えている。この時、保存受精卵からのES細胞樹立に強く反対していたのが、キリスト教原理主義とそれに支えられた共和党議員で、その根拠はヒトの卵は受精の瞬間から人であり、それを用いてES細胞を樹立することは、殺人と同じだと言うのが根拠だった。

その後ISSCRは成長を続け、4000人のメンバーを擁する学会になったが、受精卵の位置付けについて米国では今も議論が続いている。ところが、この議論を異なる側面からゆるがす出来事が今年3月、クリーブランド大学の人工授精センターで発生した。950人の不妊治療を受けている患者さんの卵子4000個が液体窒素タンクの事故で失われてしまったのだ。この出来事から派生したさまざまな法的問題をハーバード大学の法科大学院の教授を中心のグループがAnnals Internal Medicineに発表した。タイトルは「Losing Embryos, Finding Justice: Life, Liberty, and the Pursuit of Personhood(胚を失うことと、正義を求めること:生命、自由、そして人であることの追求)」だ。

人的ミスで液体窒素が枯渇したため、預けられていた4000の胚が一瞬にして失われたのが事の発端だ。もちろん、捨てていた卵子ではなく、将来の使用が見込まれていた卵子であることから、損害の補償を求めた法廷闘争が始まっている。ほとんどの被害者は団結してまとまって法廷で争う準備を進めているが、全く個人的な訴訟を始めようとしているグループも存在する。この中のWendy & amp; Rick Pennimanは受精卵は生きており人間として扱われるべきで、今回の事故も過失致死として裁くべきだとする訴訟を始めている。思わぬ方向から、受精卵についてのこれまでの議論が蒸し返される事態になった。

この論文では、まずこの裁判が難しい幾つかのポイントを指摘している。

1、 まず法律がない。液体窒素タンクはFDAの認可が必要なものではなく、またその仕様についての法律がない。
2、 さらに医療行為としての生殖補助医療に関する法律自体も少ない。
3、 不注意による胚の毀損を位置付ける法律がない

次に著者らは利用できる法律も含めてオハイオ州の裁判所に対してアドバイスをしている。

1、 多くの診療所では、保存時の事故について患者が認めるよう契約を取り交わしている。その内容を精査すべし、
2、 裁判は、所有物の毀損および家族計画の妨害を争うようだが、被害の算定は難しい。
3、 胚毀損を殺人と位置付けると、中絶からヒト胚研究まで大きな法的規定が必要になるので、殺人罪の訴えはき認めるべきではない。
4、 また、裁判官も照らす法がなければ、判決を追求することはやめて、新しい法整備が必要と明示し、現在の法で裁ける範囲に裁判を限るべきだ。
5、 その際、医療上のミス、医師と胚保存施設の間の責任関係も明らかにするとともに、被害者とこの事故の内容についてより深く話し合いを持つべきだ。

以上、わが国でも起こりうる事故だが、保存受精卵一つとっても、前もって法を整備することの難しさが理解できる面白い意見論文だった。私たちNPOも一度法学の先生に話を聞くことにする。
  1. 北畠 康司 より:

    受精・出生に立ち会いつつ研究を行う身として、たいへん興味を惹かれるお話でした。ありがとうございました。‘胚毀損は殺人に等しい’という判決も、かの国ではときの大統領・裁判官次第ではまったくあり得ない話ではないように思われますので、その結果が気になります。

    受精卵ついでに、というのはおかしいのですが、おそらくすでによくご存じの通り中国でのゲノム編集による双胎出生(それも遺伝子のエンハンスメント!)という事件が起こりました。そもそもこれが本当なのかというところから含めて、世間に衝撃を与えています。
    新型非侵襲性出生前診断(NIPT)のように、論文や科学や倫理的議論などを超えて、商業(マーケット)として勝手に進んで行ってしまうのではないかと危惧しており、論文があればここで取り上げられて、先生のご意見を聞けるかもと期待していたのですが…

    1. nishikawa より:

      北畠さん、読んでいただいてありがとうございました。実際、北畠さんと同じ方向で、しかしダウン症の神経を研究しているグループの紹介記事を書いている時には、北畠さんを思い出していました。さて、中国の研究者の話ですが、私は倫理問題として扱うのは、結局何が倫理判断を決めるのかについてわからなくなり、患者さんがよしとするならそれでいいという話になって危険だと思います。何より重要なのは安全性で、Casが0とは言わなくても、off targetの切断がほとんどないという事が保証されない以上、臨床応用、特にgerm line編集は禁止ということでいいような気がします。その上で、体細胞の治療で重傷度や緊急度に応じて、off targetの程度を許していって、安全性のデータを取るのがいいように思っています。その意味では、off targetをコントロールするという意味で、ESをはじめとするクローン化できる幹細胞の編集は重要かと思います。

  2. 北畠康司 より:

    ありがとうございました。
    やはりgerm lineへの医学応用は原則禁止、体細胞治療による臨床応用を少しずつ進めていって、その安全性を見極めるということですね。
    ある部分からは研究者の倫理観だけでなく、法的な縛りも必要なように思いました。
    この論文の判決結果も、今回の事件の顛末も、ともに注視していきたいと思います。

    1. nishikawa より:

      北畠さん、しかしあくまでも安全性の観点から禁止です。
      倫理問題というのは、社会のコンセンサスですから、体細胞で安全性が確認された時点で、germ line editingを社会として許すかどうかを倫理問題として考えればいいように思います。
      おそらくわが国では、個別のケースで判断するようになる気がします。

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