3月12日:アボリジニ母系のゲノム地理学(Natureオンライン版掲載論文)
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3月12日:アボリジニ母系のゲノム地理学(Natureオンライン版掲載論文)

2017年3月12日
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   ゲノム考古学の最後は、古代人ゲノムについてではなく、今生きている民族のゲノムから古代を再構築する話を紹介する。対象はオーストラリアの原住民アボリジニだ。
   9000年前、海面の上昇でオーストラリアがニューギニアから孤立して以来、気候条件が厳しいオーストラリアに適合して繁栄していたが、ヨーロッパからの移住が始まると、動物同然の扱いを受け、一時絶滅寸前にまで減少した悲劇の民族だ。差別による虐殺が行われた最大の要因は、最初に移住した白人の多くが、社会からはじき出された犯罪者だったことによると考えるが、社会に不適合な人たちほど民族の優位性を唱え、他民族を差別すること、そしてその結果何がもたらされるのかを、今も私たちに教えてくれている。
   アボリジニが北部オーストラリア大陸に移動してきたのは約五万年前と考えられるが、その後どの様にオーストラリア南部へと広がっていったのかはよくわかっていなかった。昨年9月アボリジの全ゲノム解析から、約四万年前にニューギニアのアボリジと分離したこと、さらに一万年前まで東アジア人との性的交流があったことを示した論文が発表された(http://aasj.jp/news/watch/5824)。
   しかし、全ゲノム解析は性的交流の痕跡を見つけるには優れているが、逆にその結果、民族の分離時期の計算が複雑になったり、異なる民族が一つに一体化する過程を調べるのは苦手なところがある。例えばネアンデルタール人と現代人の性的交流があったとはいえ、決して混血が進み一つの民族へと一体化することはなかった。この様な本当の混血を調べるためには母系の歴史の方が優れている。このためには、母親からだけ受け継がれるミトコンドリア遺伝子が適している。実際、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムが初めて解読された時、現代人との性的交流はなかったと結論されたが、これは民族の混血による一体化がなかったことを意味している。
   前置きが長くなったが、今日紹介するオーストラリアアデレード大学からの論文はオーストラリア内の地理的由来がはっきりしている111人のアボリジニのミトコンドリアゲノムを解読し、アボリジニのオーストラリア全土への拡大過程を調べた研究でNatureオンライン版に掲載された(Tobler et al, Nature, doi:10.1038/nature21416)。タイトルは「Aboriginal mitogenomes reveal 50,000 years of regionalism in Australia(アボリジニのミトコンドリアゲノムはオーストラリアでの五万年の地域主義的歴史を教えてくれる)」だ。
   この研究のポイントは、ミトコンドリアゲノムとその持ち主の地理的由来を正確に検証している点で、ゲノム地理学と言える。111人のミトコンドリアゲノム解析から、54種類のミトコンドリア型を分類することができ、それぞれの系統関係と、地図上での分布を対応させている。
   まずアボリジのオーストラリアへの移住時期を4.3-4.8万年前と計算し、この結論をさらに慎重に確かめるため、ニューギニアからオーストラリアが陸続きであった時の最も古い遺跡の炭素同位元素による時代測定を行い、結果がほぼ一致することを示している。
   驚くことに、それから四万年間陸続きだったのに、その後のアジアとの交流はほとんどなかった。
  次にゲノムの分布を調べるゲノム地理学から、大陸東西で完全にミトコンドリア型が分離していることを発見する。一方、北部の陸続きだったサウルと呼ばれる領域と、最南部の領域では全てのミトコンドリア型が見られる。これらの結果を合わせると、約五万年前すでにサウルで多様化していたアボリジ民族はオーストラリアに入り、一群は東海岸に沿って、残りは西海岸に沿って広がったことがわかる。
   この間氷河期を含む大きな気候変化が起こっているが、ほとんどの民族がこの間この激変を乗り切っていること、そして7千年前後に気候の改善に伴い、南部で急速に人口が増えている。
   最も特徴的なのはミトコンドリア型が地域的に完全に分離している点で、最南部で民族同士が出会い、また気候改善で人口が増大しても、もほとんど混血することなく、それぞれの領域内で分離して生活していた。
   この分離主義は定住型狩猟民族としての生活スタイルに大きく関係している。とはいえ、アボリジニ特有の文化と、言語は共有していたことを考えると、男性レベルの交流を想定する必要があり、今後の全ゲノム解析が重要になるという結論だ。
   一昨日紹介した同じアデレード大学からの論文とは異なり、慎重な議論に終始した論文だ。今後この母系史をもとに、Y染色体や全ゲノムからのデータをもう一度見直すことで、アボリジの歴史についてかなり理解が深まると期待している。男の浮気が文化を広め、地位に来根ざした女性がそれを守る典型がここに見られると感じた。
カテゴリ:論文ウォッチ