10月14日:自閉症の全ゲノム解析からわかること(10月19日号Cell掲載論文)
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10月14日:自閉症の全ゲノム解析からわかること(10月19日号Cell掲載論文)

2017年10月14日
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双生児の詳しい研究からわかるように(http://aasj.jp/news/watch/1517)、自閉症は遺伝的要素が高く、また大規模ゲノム解析の結果、100近くの自閉症の発症と相関のある遺伝子がリストされている。確かに一部の症例では、明確な突然変異を原因として特定し、同じ遺伝子の突然変異を持った動物モデルまで作ることができている。しかし同時に、親から遺伝するのではなく、新しい突然変異が自閉症の患者さんで積み重なることが病気の発症に関わっていること(http://aasj.jp/news/watch/2374)や、もちろん胎児期にさらされる様々な要因も発症に関わっていることがわかってきた。ともすると、遺伝性ばかりが強調されるが、実際には多くの遺伝子機能の小さな変化が重なって起こること、変異のほとんどは片方の染色体に限局しているため、遺伝子発現の量の病気であること、そして胎児期のストレスを軽減すること、そして成長期の脳の発達を助けるなど、様々な治療可能性がある。ただ、そのためには多様な患者さん一人一人について詳しい科学的研究を進めることが重要になる。

今日紹介する米国ワシントン大学からの論文は、自閉症コホート研究に登録されている親兄弟の全ゲノム解読を行い新たに起こる突然変異について解析した研究で10月19日号発行予定のCellに掲載されている。タイトルは「Genomic patterns of de novo mutation in simplex autism(孤発性の自閉症に見られる新しい突然変異)」だ。

米国では自閉症児が一人だけ生まれたが親や他の子供は正常と診断されている2600家族が登録され、追跡されている。この中から、まず家族性はないと言える孤発性の組み合わせを516家族集め、すべてのメンバーの全ゲノムを解読して、自閉症の子供に新たに起こりやすい変異を特定しようとしている。しかし、口で言うのは簡単だが、高速コンピューターが使えても、途方もない仕事だ。従って、随所にポジティブな結果を出そうとする努力が行われている。実際、自閉症の子供だけに見られる突然変異が簡単に見つかるわけではないようで、著者らも500程度でなく、もっと大きな数の研究が必要だとしている。

もちろんすでに同じような研究が行われており、それを合わせて精度を上げることの重要性も指摘されている。しかし、ビッグデータの論文になると、どうしても興味を持ったポイント以外は無視されたまま報告されることが多いことも指摘している。このような重要データはできるだけ早く公開するため、Cold Spring Harbor研究所がbioRxivというサイトを運営し(https://www.biorxiv.org/)、論文発表までデータを公開することができるが、著者らは、ここに登録した最初のドラフトと、発表された論文の解釈が違っていることも、データを統合していくためのハードルになっていることを指摘している。おそらく、査読の過程で、記述を変えさせられたのも多いのかもしれない。著者の本音を知るためには、bioRxivを調べるのも重要だ。

少し脱線したが、この難しさを理解した上で、この研究から明らかになったことをまとめると次のようになるだろう。

1) タンパク質に翻訳されるエクソームだけの解析でなく、全ゲノム解析を行うことで、重要な変異の見落としがなくなる。最近、特定の遺伝子や領域に絞り込んで遺伝子診断を行うための開発が進んでいるが、思わぬ落とし穴があるかもしれない。
2) 自閉症児にはアミノ酸配列の変異を起こす、ミスセンス変異が2倍高い。
3) 転写やRNAプロセッシングに必要なゲノム部位に絞って比べると、自閉症児のみで増加が見られる。
4) 自閉症児では、脳の線条体で発現しており、これまで自閉症との関わりが示された遺伝子を中心に、2個以上の変異が見られ、幾つかの遺伝子変異が重なった時に自閉症が発症する可能性が示唆された。

華々しい成果というわけにはいかないが、大変な努力をして、精度の高い自閉症ゲノムについての研究が進んでいるのを実感できる重要な貢献だと思う。なぜ特定の遺伝子変異が重なるのかなど、まだまだ知りたいことは多い。しかし何よりも、コホート研究として3000近い家族が追跡されていることを知ると、国を挙げての努力が続いているのがわかる。
カテゴリ:論文ウォッチ