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自閉症の科学5:妊娠中の炎症が脳に及ぼす影響を探る

2019年8月15日


母体の炎症の胎児脳への影響

風邪やインフルエンザなど様々な原因で妊婦さんに炎症が起こってしまうと、胎児の脳の発達に影響して自閉症などの発症率が上がることは、多くの妊婦さんとその子供を追跡する調査(疫学的調査)により確かめられています。そのため、できるだけ妊婦さんは炎症の原因を遠ざける必要があり、感染症はワクチンなどで予防するのが望ましいとされています。

ではなぜ炎症が脳の発達に影響するのでしょうか? これについては昨年9月注目すべき論文がNatureに発表され紹介しました(http://aasj.jp/news/watch/7378)。この研究によると、炎症で上昇するサイトカインの中でもIL-17が神経細胞に直接働き障害する犯人で、これを抑制できると炎症が起こっても脳への影響は最小限に止めることができる可能性が示されました。血液中のIL-17濃度は測定することができますから、是非因果関係を調べる疫学調査が行われて欲しいと思っています。

IL-17は炎症を誘導する「炎症性サイトカイン」の一つで、IL-6やTNFと呼ばれる分子も同じ仲間です。

動物実験と疫学調査をつなぐ

もちろん、妊娠時期に炎症を起こして胎児への影響を見るような実験は、動物モデルで行うしかありません。しかし、動物モデルでの神経症状が人間の症状を反映していると決めつけるのは、少し乱暴な気がします。このため、動物実験と、疫学による調査のギャップを埋める研究が待たれますが、今日紹介したいオレゴン健康・科学大学のグループがNatureに発表した論文は、まさにこの問題に挑戦した研究で、重要な研究ではないかと思っています(Rudolph et al, Maternal IL-6 during pregnancy can be estimated from newborn brain connectivity and predicts future working memory in offspring(妊娠中の母体のIL-6濃度は新生児の脳の結合と将来の作業記憶に相関する), Nature Neuroscience in press, 2018: https://doi.org/10.1038/s41593-018-0128-y)。一般の方には少し理解しづらいと思いますが、紹介することにしました。

研究の概要

この研究の目的は、母体の炎症が脳の発達過程のどこに作用するかを決めることです。この目的で、母体の炎症の強さをIL-6の血中濃度で代表させて調べています。先に紹介したIL-17とは違うのですが、ほとんどの炎症でIL-6が上昇することはよく知られています。これは急性、慢性を問いません。例えば2型糖尿病などメタボと呼ばれる慢性病の背景に炎症があると考えられていますが、この時もIL-6が上昇してきます。

次に、IL-6の濃度を測ったお母さんから生まれた新生児のMRI検査を睡眠時に行います。このような安静時のMRI検査では、脳の機能はわかりませんが、様々な解剖学的構造を知ることができます。この研究では冒頭の図に示すような、脳内各領域の間の神経結合性に注目して調べています。

IL-6濃度は一つの数値で表せる単純な指標ですが、MRI検査は大量の情報を含んでいます。そこで、脳全体をデータとして利用するのではなく、自閉症などで変化が起こると予想できる領域に絞ってデータを集めています。実際には10領域を選び、それぞれの領域内の結合性10指標、領域間の結合性45指標を算出し、これらの数値とIL-6濃度の相関を調べています。これを80人もの新生児で行うのですから、実際は大変な研究だと推察します。当然今流行りのコンピュータを使ったAIが大活躍します。目標は、脳の結合性のデータをコンピュータにインプットすれば、母体のIL-6濃度が予想できれば、これは100点のモデルができたことになります。

炎症で特に障害される領域

100点のモデルというわけにはいきませんが、妊娠時のIL-6濃度と相関する領域が見つかってきました。どの場所かを詳しく述べてもイメージがわかないでしょうから、場所についての説明は省きますが、

1) ある対象にフォーカスを当てるときに働く領域と脳活動の安定性維持に関わる回路の間の結合性、

2)空間的な注意に関わる幾つかの領域間の結合性、

3)視覚を介した注意に関わる幾つかの領域間の結合性

がIL-6が高かったお母さんから生まれた新生児では、特に低下することがわかってきました。

IL-6と作業記憶

MRI検査と脳の機能検査が集められているデータベースを用いてそれぞれの回路と脳の機能との相関を調べると、今回の研究で明らかになったネットワークの多くが、刻々と入ってくる情報を一時的に維持して、統合するために働いている、「作業記憶:ワーキングメモリー」に深く関わっていることが見えてきました。

そこで、MRI検査を行った新生児の中から選んだ46人が2歳になるのを待って、作業記憶の検査を行い、特に妊娠第3期のIL-6濃度と作業記憶が逆相関することを明らかにしています。 

結論と私的感想

人間にIL-17やIL-6を注射して実験するなど決して許されません。しかし、今回の研究が示すように、一つの指標でも多くの人間を調べれば、様々な状態が存在していることがわかります。特定の指標について一人一人の多様性を正確に把握し、この指標と脳の構造を比べる研究は、今後も動物実験と、疫学をつなぐ重要な方法として使われていくと思います。

今日紹介した研究は特に自閉症に焦点を当てているわけではありませんが、作業記憶という脳の高次機能の根幹に関わる機能と炎症の関係が、神経レベルである程度明らかになったのではないかと思います。今後同じ方法をIL-6だけでなく、ほかの炎症パラメーターについて調べ、また自閉症スペクトラムの脳を念頭に相関を調べて欲しいと思います。そして何よりも、2歳までの発達期に、どこまで脳の結合性を変化させられるのかについても知りたいと思います。まだまだですが、着実に研究が進んでいると実感しています。


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