AASJホームページ > 新着情報 > 自閉症の科学(連載) > 自閉症の科学6:遺伝子の変異による発達障害を胎児期に治療する

自閉症の科学6:遺伝子の変異による発達障害を胎児期に治療する

2019年8月15日

自閉症の科学シリーズとタイトルをつけましたが、今日紹介したい論文は、胎児期に治療できる可能性がある遺伝病があることを示した研究で、自閉症とは直接関わりがないことをお断りしておいたほうがいいでしょう。しかし、自閉症の多くは胎児期・発達期の神経ネットワーク形成過程の問題に由来しています。すぐに関係がなくても、胎児期、発達期の治療法の研究は、将来の自閉症治療にもつながる可能性があると考え、シリーズとして紹介することにしました。

XLHED

日本語でも、英語でも、読もうとすると舌を噛みそうな名前、X-linked hypohidrotic ectodermal dysplasia (X染色体連載低発汗性外胚葉異形成症:XLHED)、のついた病気があります。X染色体上に位置するEDAと名前がついた分子をコードする遺伝子の突然変異が原因の病気で、突然変異を持つ男性のみに、1)汗腺の形成不全による発汗障害、2)毛根形成障害、3)歯の数の減少、の3つの症状を中心に、口腔や鼻腔の様々な発生障害が起こります。

これらの症状のうち、体温を調節する汗が出ないことが最も深刻で、体温が上昇し易く、特に子どもの場合死を招いてしまう心配があります。EDAは細胞膜から細胞外に飛び出ている分子で、毛根や汗腺の元になる皮膚上皮細胞を刺激して発生を促しています。これまでの研究で細胞が刺激されると何が起こるのかなど良く研究が進んでいます.

遺伝子の突然変異があっても、もし外から正常のEDAを供給することができれば、この病気を治療することができるはずです。EDAはもともと細胞膜上に存在していますが、細胞膜から切り離しても効果を発揮できることがわかっています。すなわち、効果を持つEDA分子を試験管内で合成できるのです。大事なことは、EDAが毛根や汗腺の発生するときだけに必要で、大人になると必要がなくなることです。実際、成長して病気が完成してしまうと、EDAに反応する細胞は皮膚から消えてしまい、外からEDAをいくら足しても、治療ができないのです。一方、EDAが必要な胎児期や発達期であれば、合成したEDAを外から加えることで、EDAの機能が欠損した子供の病気を治療することができるはずです。

この可能性にチャレンジして見事に成功したのが、今日紹介するドイツ・エアランゲン大学からの論文で、4月26日号のThe New England Journal of Medicineに発表されました(Schneider et al, Prenatal correction of X-linked hypohidrotic ectodermal dysplasia(X染色体連鎖低発汗性外胚葉異形成症の出生前の治療), The New England Journal of Medicine, 378:17, 2018: DOI: 10.1056/NEJMoa1714322)。

研究の概要

この研究では、胎児の羊水にEDAを注射し皮膚で汗腺や毛根を誘発しようと考えています。しかし、細胞膜から切り離したEDAは体内ではすぐ分解されてしまいます。また、EDAは重合しないと刺激ができません。このため、EDAをそのまま治療に用いるには、なんらかの方法で重合させた大量のEDAをなんども注射する必要があります。当然このような操作は流産の危険性を高めてしまいます。この研究では、私たちの体の中で最も安定性の高い分子と言える抗体分子の一部(Fc部分)をEDAに結合させ、EDAを安定化させるとともに自然に重合させる戦略をとっています。もちろん、実際の治療を行う前に、マウスや犬を用いて、EDA-Fcを羊水に一回注射するだけで毛の発生を促すことを確認しています。このようなマウスや犬を用いた基礎研究の結果に基づき、実際にこのEDA-Fcを2人の妊婦さんに投与し、3人のXLHEDの子供の治療に成功したのがこの研究です。

治療経過と成績

今回選ばれた妊婦さんは、以前にXLHEDを持つ子供を出産し、今度の妊娠でも子供に同じ遺伝子変異が伝わっていることが出生以前遺伝子診断で確認できている二人です。出生以前に遺伝子診断が確定すると、人工中絶を選ばれるお母さんも多いのですが、このお母さんたちは子供を望まれ、胎児期の治療の可能性にかけてみられたのだと思います。二人のお母さんのうち1人は双子を妊娠しておられたため、治療の対象となった子供さんは三人になります。

治療は妊娠26週と31週の2回、胎児の体重1kgあたり100mgのEDA-Fcを羊水中に注射するだけす。羊水への注射は常に流産の危険を伴いますが、おそらくどの病院でもその気になれば実行可能な方法だと思います。

最初の子供たち(双生児)についてですが、EDA-Fcの注射で汗腺の発達という点ではほぼ満点の治療成績を示しました。命に関わる汗腺の形成はほぼ正常レベルに回復して、実際に2歳まで発熱の発作は全く起こらなかったようです。さらに歯の数や、唾液腺、涙腺などもほぼ正常に回復して、治療がうまくいったことを示しています。

しかしもう一人の子供の場合、歯や涙腺、唾液腺についてはほぼ正常に形成されたのに、汗腺だけは完全に回復できなかったようです。おそらく、汗腺の発生のスケジュールが個人個人異なっているためと考えられます。今後投与の回数やEDA-Fcの量を増やしたほうがいいかもしれません。ただだからと言って、注射回数を増やすと流産の危険性が高まりますから、投与法も含めさらに多くの子供さんで検討する必要があると思います。

感想

発生学的にも臨床医学的にも、素晴らしい成果だと思っています。胎児期や発達期のみに必要な分子は、母親への影響をほとんど気にする事なく治療が可能なこと、そして発生期を乗り越えられれば、遺伝子が欠損していても一生生活に支障がないのではと期待できます(この研究では2歳までしか追跡できていませんが)。また、細胞外に分泌できる分子なら、EDA以外でも同じ方法を用いることができるのではないでしょうか。

胎児期や発達期の脳の発達になんとか介入して正常化させるのが自閉症治療の一つのゴールだと思っています。その意味で、今回の研究は様々なヒントを与えてくれます。私は現役を退き、今や考えるだけですが、それでも実現可能なアイデアが出てくるよう、今後も励んでいきたいと思っています。


  1. okazaki yoshihisa より:

    このコーナー新設を知りました。
    今回の論文、凄い論文ですね。

    胎児治療

    EDAが対象ですがヒトの患者様で効果あり。
    遺伝子治療、胎児治療と、未来がすごい勢いで迫ってきてる感覚に襲われました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*