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自閉症の科学 7 自閉症の考古学

2019年8月22日

今日のタイトルを見て、「自閉症と考古学?」と驚かれる読者も多いと思います。私も、Penny Spikinsさんの本や論文を読むまで、考古学と自閉症が関係するなんて考えたこともありませんでした。

Penny Spikinsさんは現在ヨーク大学考古学の講師で、石器時代の遺物から人間の優しさや道徳性といった「美しい心の存在」を読み解くという、大変ユニークな研究にチャレンジしています。私自身は、最初彼女が2015年に出版した「How compassion made us human(どのように思いやりの心が私たちを人間にしたのか?)」という著書を読んで以来、彼女の考えに魅せられました。

最近彼女は、現代の自閉症スペクトラム(ASD)の人たちを、石器時代の遺物を通して考える研究を精力的に行なっています。2016年にTime and Mindに掲載された論文では、自閉症をneurodiversity(神経の多様性)と捉える現代の主流となった考え方をさらに進めて、自閉症傾向こそ人類の進化に欠かせない重要な性質として積極的に捉えるべきだという主張を展開しています。

これについて紹介した私のブログを引用しておきましょう。

「なぜ社会性に問題があるとされる自閉症が、今も淘汰されず1-2%という高い頻度で存在しているのか?」という問いに対して、「共同的道徳性の誕生が人類進化の必要条件だが、これには多様な人材を擁することが重要になる。自閉症的傾向を持つ人材は、一つのタイプとして社会に必要とされ、また尊敬されたとしても、進化で淘汰されることはなかった」という答えが結論になっている。

Spikinsさんの新しい論文

そのSpikinsさんが年一回発行されるオープンアクセスの雑誌Open Archeologyに、またまた意欲的な論文を発表したので、自閉症の科学7として紹介することにしました(Spikins et al, How Do We Explain Autistic Traits in European Upper Palaeolithic Art(ヨーロッパの旧石器時代の美術に見られる自閉症的特徴をどう説明すればいいのか)Open Archaeology 4: 262-279, 2018)。

ほとんど同じ内容が、彼女が最近ウェッブに発表した新しいオンラインブック「Prehistory of Autism(自閉症の先史学)」にさらに詳しく述べられているので、併せて紹介しておきます

研究の概要

多くの自閉症児は社会性が低下しているためどうしても言葉の発達が遅れることが多いのですが、知能は正常な場合が大半です。なかには、以前アスペルガー症候群と診断されていた、様々な分野で高い能力を発揮する人たちもいます。例えば、一度見た景色をはっきりと記憶し、絵として正確に描くことができる人がいます(有名なStephen Wiltshireの絵が紹介されているサイトをご覧ください)。この高い視覚認知能力を持つ子供については多くの研究が行われてきましたが、Drake& WinnerのScientific Americanに発表した論文で紹介されているASDの子供たちの絵を見ると、たしかにこの子供たちは世界を違う目で見る能力を持っているのがよくわかります(Mind Scientific American Special edition, Spring 2017)。

特殊な例の話と思われるかもしれません。しかし、Block designやFigure Disembeddingと呼ばれる(説明は省きます)視覚テストで調べると、明らかに自閉症児のほうが一般児より優れていることを示す報告があります(J.Autism Dev. Disord 44:3245, 2014)。間違いなく、ASDの人たちは、一般人には出来ない世界の見方をしているようです。

さてSpikinsさんの新しい論文では、ASDの人たちが示す特殊な視覚認知能力の背景には、local processing bias (部分的情報処理バイアス:LPB)とよばれる、全体にとらわれることなく細部を表現する能力があると分析しています。この能力は決してASDに限られるわけではないのですが、ASDを多くの遺伝子が関わる一つの状態と捉えると、ASDの人たちにLPBを支える遺伝子プールがより多く集まっていると言っていいでしょう。

ASDの人の絵には一般人にはない高い空間認識能力に基づくリアリズムが現れていることを確認した上で、Spikinsさんは次にフランス・ショーべ洞窟で発見された世界最古の壁画や(冒頭の写真に示した)、ドイツ・シュターデル洞窟で発見されたライオンマンのフィギャーのように、現代から見てもリアリズムの粋と言える作品は、誰が作成したのかと問います。

彼女にとって、答えは明白です。壁画やフィギャーに現れるリアリズム、すなわちlocal processing biasの強い作品は決して旧石器時代の人類一般の特徴ではなく、特殊な能力を支える遺伝子プールを持っていた一部の人に限られいたと考えています。そして、この能力を支える遺伝子プールが、ASDの人たちにより強く受け継がれ、ASDの人たちが示す優れた表現能力に結実しているというわけです。

現代のASDと3万年以上前の石器時代のアートを比べるというとてつもない発想ですが、言われてみると高い説得力があります。そしてこの結果は、人類進化の早い時期から脳に生まれたneurodiversity(多様性)を大事に育む思いやりこそが、人類成功のカギだったことを示しています。

ASDがもつ能力を理解しつつも、社会への適応性の欠如を理由に、アスペルガーやナチスは子供たちを排除しました。それに対しSpikinsさんは、ASDの持つ可能性をもっと発掘し、石器時代の人類が行ったように、ASDの能力を活かせる社会を作ることこそ、21世紀の目指すべき社会だと主張しています。これからも頑張ってほしい研究者だと期待しています。


  1. 名無し より:

    すみません。
    大変失礼で申し訳ない質問ですが、8月は自閉症の科学やらないのですか?

    1. nishikawa より:

      Yahoo Newsが内容を制限するという話で、全てAASJに引っ越すための準備をようやく終えました。9月になる前に明日でも一つ紹介しようかと思っています。今後は全てAASJで掲載します。

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