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自閉症の科学13:光遺伝学を使った動物実験

2019年8月24日

オキシトシンによる自閉症治療

自閉症は社会性の低下、言語発達の遅れ、そして反復行動を共通に持つ一種の脳の状態と言えるが、他人や社会との関係を嫌う社会性を正常化させることが、最も重要な治療の目標となる。これまでの研究で、対人関係を保つことに密接に関わるとされているのがオキシトシンで、我が国でもオキシトシン投与により、自閉症の対人コミュニケーション能力を回復させることを目標にした臨床研究が2013年から行われている。これまで発表された論文から見る限り、効果は期待できそうで、是非さらに効果を高める投与法、時期を決めてほしいと願っている。

ただオキシトシンが社会性の低下を回復させる作用を持つとしても、そのメカニズムを脳回路レベルで明らかにするのは、人間では行える検査に限界があり簡単ではない。これまでの研究でオキシトシンは側座核(NAc)と呼ばれる脳の奥の方にある領域のセロトニン分泌神経に働いて作用すると考えられているが、この回路を調べようと思っても、たかだかオキシトシン投与による脳イメージング検査の変化を症状の変化と対応させるのが関の山だった。このギャップをうめるためには、どうしても動物モデルを使う脳研究が必要になる。

Karl Deisserothと光遺伝学

神経回路の興奮を直接調べるためには、動物モデルが必要だが、社会行動時の脳の記録や操作は簡単ではない。というのも、マウスでも社会性を調べることができるが、それには動物が自由に行動できるという条件がある。そのため、自由に行動している脳の活動を調べ、さらに特定の神経集団を刺激するための方法の開発が必要だった。これを可能にしたのが本年度の京都賞受賞者Karl Deisserothで、脳内とつながった光ファイバーを通して光を照射することで、自由に動いている実験動物の特定の神経細胞を刺激したり、抑制したりする「光遺伝学」という手法を開発した、まだ40代の研究者だ(京都賞ウェッブサイト参照)。

少し難しい話になるが、せっかくだし原理をごくごく簡単に説明しよう。まずマウスの遺伝子を操作して、特定の脳細胞だけに光に反応して開くカルシウムチャンネルやイオンポンプ分子を導入する。詳細は省くが、この操作により光を脳の広い領域に当てても、特定の神経細胞だけを興奮させたり、抑制させたりすることができるようになる。シナプスでの神経伝達がカルシウムの流入によることをうまく利用した方法で、光遺伝学による実験動物の脳操作は今や脳研究分野を席巻し、クリスパーによる遺伝子編集に匹敵する現代生命科学に欠かせない実験手法になっている。

マウスの社会性に関わる細胞

今日紹介したいスタンフォード大学からの論文は、この光遺伝学を駆使して、マウスの社会性に及ぼすセロトニンの作用を調べた論文で、次週号のNatureに掲載される予定だ(Walsh et al, 5-HT release in nucleus accumbens rescues social deficits in mouse autism model(則座核でのセロトニン分泌はマウス自閉症モデルの社会性の欠如を回復させる), Nature in press, 2018)。

この研究では自閉症の一つの遺伝的原因として知られる16番染色体の一部の欠損と同じ変異を起こさせたマウスモデルを用いて、このマウスが示す社会性の欠乏を治す回路を明らかにしようとしている。このように、同じ遺伝子変異でよく似た症状が見られる場合は、動物モデルの価値は高い。またこのタイプの自閉症では、社会活動時のNAcへセロトニン神経の端末を送っている縫線核(DR)のセロトニン活性が落ちていることが知られており、これを正常化することで社会性を回復できるかどうかは、オキシトシンの作用を理解するためにも重要なテーマと言える。

研究ではまず、NAcとDRをつなぐセロトニン神経回路が社会性を支配しているか調べている。方法は、DRのセロトニン神経に光で興奮させるチャンネルロドプシンを発現させ、この刺激によりセロトニンがNAcで分泌されると社会性が高まるかを調べている。DR領域に光を当てても、またNAcに来ているDRからのセロトニン神経端末に光を当てても、同じように社会性が高まることから、DRからNAcへ伸びるセロトニンニューロンが社会性を支配する回路であることが確認できる。もちろん、光遺伝学的にこの神経結合を阻害する実験も行い、この回路の働きが落ちると社会性が低下することを確認している。

次は16p11欠損を再現した自閉症モデルマウスでこの回路を調べている。この遺伝子領域を生後すぐに欠損させると、確かに社会性の低下が見られる。そしてこの症状に対応して、DRのセロトニン神経細胞の興奮が強く押さえられていることがわかる。そこで、この神経を光遺伝学的に刺激してセロトニンを分泌させた時に症状が改善するか調べると、期待通りNAcに来ているDRの端末からのセロトニン分泌を誘導したときだけ社会性が改善する。詳細は省くが、この回路でのセロトニン分泌だけが社会性を回復させる効果があることを様々な実験で確認している。

次に、セロトニン分泌刺激が神経回路の特性を変えて長期的効果を持つかを調べている。もちろん、セロトニン分泌の効果が長く続けば願ったり叶ったりだが、残念ながら社会性の回復は、神経細胞が刺激されている時だけ見られる一過性のものだ。最後に、光刺激の代わりに、セロトニン受容体の刺激剤CP93129を投与してもこのマウスの社会性欠乏を治療できることを示している。

結果は以上で、一過性とはいえ、セロトニン分泌回路をうまく刺激できれば、16q11変異を持つ自閉症の社会性を回復させられる可能性を示す重要な結果だと思う。同時に、現在行われているオキシトシンによる治療を、基礎脳科学からに支持している結果だと言える。残念ながら、この研究はセロトニン分泌の社会性への影響は一過性であることを示した。おそらく同じことはオキシトシン治療にも言えるだろう。しかしこのような結果を考慮した上で、さらに有効な治療プロトコルが開発されることを期待したい。

現役時代京都賞選考にも関わる機会があったが、このように、人の病気と実験動物をつなぐ研究を可能にしたKarl Deisserothの京都賞受賞を本当に喜んでいる。


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