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自閉症の科学16: オキシトシン受容体刺激剤の開発

2019年8月25日

自閉症スペクトラム(ASD)は、対人忌避といった社会性の障害、言葉の発達遅れ、そして繰り返し行動が症状の特徴としている。それぞれは分かれているように見えるが、この3つの症状は全て社会性の障害を起点に説明できると個人的には思っている(あくまでも私見)。というのも、言語の発達には、他人とのコミュニケーションを求める積極的な気持ちが必要で、社会性が障害されると、当然言語の発達は遅れる。また反復行動も、社会から自分を守ろうとする行動と考えられる。実際、社会性という点では、ASDの正反対と言えるあまりにも無警戒に他人と関係を持とうとするウイリアムズ症候群の児童は、知能の発達は遅れていても、言語発達は目をみはる。

このように、ASD治療の一つの重点は社会性の回復と言える。これを実現すると期待されているのが、これまで「愛情ホルモン」と呼ばれ、人間の社会性を高めることがわかっているオキシトシンだ。事実本年、我が国から100名を超すASDに対するオキシトシン経鼻スプレーの効果を調べた研究論文が発表された。社会行動についてはプラセボ群と有効な違いが得られないという残念な結果に終わっているが、反復行動や、相手の目を見る時間については改善が見られたので、治療薬としてさらに追求する価値はあると思う(Yamasue et al Molecular Psychiatry :https://doi.org/10.1038/s41380-018-0097-2 2018)。 

ただこれらオキシトシンを用いた研究の最大の問題は、脳に近い経鼻ルートでオキシトシンを投与したとして、オキシトシンがどの程度脳に移行するのかよくわかっていないことで、本当はもっと効果があるのに、脳内への移行の問題で高い効果には至らないのかもしれない。オキシトシンは、8つのアミノ酸が結合して作る複雑な構造をしており、視床下部で合成される脳内で効果を示す神経ホルモンで、素人の私が見ても脳血管関門を簡単に通過するようには見えない。確かにこれまでの多くの研究は、脳外からの投与でも一定の効果があることを示しているので、一定量が脳に到達しているとは思う。しかし脳への移行の効率がはっきりしない段階では、一般治療へと発展することは難しいと思う。

今日紹介するフランスのストラスブール大学からの論文は、まさにこの問題を解決しようと、オキシトシンと同じ作用を持つ、ペプチドとは違う化合物を開発した研究でJournal of Medical Chemistryに掲載された(Franz et al, LIT-001, the First Nonpeptide Oxytocin Receptor Agonist that Improves Social Interaction in a Mouse Model of Autism (世界初のペプチドとは異なるオキシトシン受容体刺激剤LIT-0001はマウスの自閉症モデルで社会性を改善する), Journal of Medical Chemistry in press, DOI:10.1021/acs.jmedchem.8b00697 )。

この研究では、オキシトシン受容体がバソプレシン受容体と構造的に似ていることに注目し、これらの受容体に結合できる共通の化学構造としてのベンゾイル・ベンズアゼピンを特定し、この構造を骨格とする化合物から始めて、オキシトシン受容体を発現させた細胞での特異的シグナル伝達活性をもつ化合物を、合成化学的に探索し、化合物57、LIT-001に辿り着いている。

化合物の開発に興味ある人にとっては、LOT-001に辿りつくまでの合成有機化学的試行過程が最も面白いのだと思う。また、この薬剤を起点に、さらに優れた薬剤へ磨きをかける場合も、この過程の情報は貴重なものだと思う。しかし、私たち合成化学についての素人にとっては、最後に示される化合物の性質が最も重要で、今回はこれだけを紹介する。

まず3種類のバソプレシン受容体、およびオキシトシン受容体をそれぞれ発現した細胞を用い、これら受容体が刺激された時におこるシグナル反応(カルシウム遊離やβアレスチンの受容体へのリクルート)を指標にLITー001の活性を調べると、オキシトシン受容体への作用はオキシトシンと比べて1オーダー低いが、特異性はLT-001の方が優れていることがわかった、

その上で、オピオイド受容体が欠損することで社会性が失われるモデルマウスに投与すると、10mg/kgで社会性を回復させられることがわかった。具体的なデータは示していないが、脳内への移行も、化合物としての安定性も高いので、薬剤候補としての十分な資格を持っていると言える。

もしこれまでのASDに対するオキシトシン効果の研究成果が正しいとすると、この薬剤はASDに対する薬剤として大きな可能性を持っていると思える。ぜひ早期に治験が行われる事を期待する。

欧米ではASDは60-70人に一人発症すると言われている。とすると医療現場からの期待だけでなく、ビジネスとしても大ヒットの薬剤として発展する可能性を秘めている。期待したい。


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