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自閉症の科学17:脳機能の画像検査

2019年8月25日
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自閉症スペクトラム(ASD)はもともと様々な状態を総称しているが、これらの状態を正常・異常と分けないで、ニューロダイバーシティー(脳回路の多様性)として連続的に捉えることの重要性をこれまで強調してきた。だからと言って、ASDに見られる共通の症状を多様性という言葉で片付けるわけにはいかない。少しでもASDの人たちが生きやすいように適応してもらうには、あらゆる医学的検査を駆使して一般人との違いを明らかにし、治療標的を探す必要がある。この時、症状だけでなく、それに対応する脳回路の変化を客観的に捉える画像診断は重要だ。以前紹介したように、脳の構造変化や脳領域間の連結などの解剖学的変化はMRIを用いてかなり詳しく調べることができるようになってきた。しかし、働いている脳の機能的違いの研究には、別の方法が必要になる。

今日紹介する10月号のHuman Brain Mappingと10月3日発行のScience Translational Medicineに発表された2編の論文は、その研究内容というより、脳の機能を調べる2種類の方法を紹介するために選んだ。

まず最初のハーバード大学がHuman Brain Mapping10月号に発表した論文(Mamashli et al. Maturational trajectories of local and long-range functional connectivity in autism during face processing (自閉症の人が顔のイメージを処理するときに起こる局所的および長いレンジの連結性の成長での軌跡) Human Brain Mapping 39:4094, 2018 )で使われた脳磁図から説明しよう。

脳磁図 高校で習ったと思うが、電流が発生すると流れの方向に直角の平面に磁場が発生する。脳細胞の活動はイオンの流れ、すなわち電流を発生させるので、微小な磁場を計測できれば、どこで神経細胞が活動しているか領域を特定することができる。磁場は頭蓋骨を含む脳外の組織に影響を受けないので、高い空間分析能を持つイメージング技術として発展した。

  この方法は、神経が活動している領域を検出するのだが、この活動のリズムが一致する領域を探すことで、神経連結の存在を推測することができる。これにより、一つの領域とどの領域が、どのぐらいの強さで結合しているのかを、課題を行わせながら測定することができる。

さて、ハーバード大学からの論文では脳磁図をどう使っているのだろうか?研究では、顔の認知に関わる紡錘状回顔領域(FFA)内の神経連結、およびFFAと楔前部(PC)、前帯状皮質(ACC)および下前頭回(IFG)の3箇所との神経連絡を計測する目的で使っている。FFAとの連結を調べたこの3領域は、これまでの記憶など統合情報に基づいて、トップダウンにFFAの活動に介入している領域で、年齢に応じて当然結合性はたかまる。

研究では、ASDと一般児に、怒った顔と、コントロールとして建物の写真を連続的に見てもらい、怒った顔に対する反応時の神経伝達を調べている。意外なことに、怒った顔の認識に関わるこれらの回路は、思春期以前では自閉症も、一般児もほとんど変わりが無い(もちろん、扁桃体など他の領域の活動には変化が見られることはわかっている)。しかし、一般児では成人するに従って、これらの回路の結びつきが強まるのに、自閉症では逆に弱まる傾向にあることがわかった。さらに、自閉症の社会性に関わる症状の強さとこれらの領域の神経結合の強さの相関性は年齢が高まるにつれ、よりはっきりすることも分かった。あえて解釈すると、時間とともにトップダウンの調整が行われなくなること示唆しているのかもしれない。

この結果は、怒った顔への反応を調べる課題に関する限り、思春期から成人への過程ですすむ神経回路の成熟にASDが大きな影響を及ぼしていることを示している。実際、思春期から成人にかけて脳が大きな変化を示すことは、誰でも経験している。とすると、自閉症の治療時期は、決して幼児期だけではなく、思春期からも重要であることがわかる。

次のUniversity of Londonからの論文では、陽電子放射断層撮影(PET)と呼ばれる方法を用いて、自閉症でのGABA受容体の量を測定している(Horder et al, GABA A receptor availability is not altered in adults with autism spectrum disorder or in mouse models(脳内のフリーのGABAa 受容体の数は自閉症スペクトラムの成人およびマウスモデルともに正常と変わらない) Science Translational Medicine 10:8434, 2018)

陽電子放射断層撮影(PET) まずPET検査について説明しよう。この検査では、脳の活動を測るために放射性アイソトープでラベルした様々な化合物を用いる。例えばよく行われる、ガンのPET検査には、FDGと呼ばれるアイソトープ標識したブドウ糖が使われる。これはガンが周りの組織と比べてブドウ糖をよく取り込むことを利用している。特定の分子に結合する化合物を用いると、脳内での物質の蓄積などを調べることができる。例えば、アルツハイマー病の診断では沈着したアミロイドに結合する化合物が用いられる。そして、まだアイソトープが放射線を出している間に、放射能がどこから出ているかを調べるのがPET検査だ。

この研究では、GABAと呼ばれる脳内の刺激伝達物質の受容体に結合する化合物を用いてPET検査を行っている。これにより、GABAに反応して興奮するシナプスの分布と量を測ることができる。これまでの研究で、自閉症ではグルタミン酸受容体を介する神経興奮が高まっており、これは神経活動を抑えるGABAaニューロンの活性が低下しているからではと考えられていた。

この活動の低下が、GABAに反応できる受容体の数の減少によるのかどうかを調べたのがこの研究で、知能正常、てんかん発作の既往がないASDの成人を選んで、脳内のGABAa受容体の数を、炭素11同位元素でラベルした2種類のGABAa受容体リガンドで計測している。

おそらく著者らは、GABAa受容体の数が減っていることを期待したと思うが、予想に反して使用した2種類のリガンドで検出される受容体の数は正常とまったく差がないという結果になった。ただし、PMPテストと呼ばれる極めてコントラストの高いイメージを目で追跡させるテスト(興奮性ニューロンと抑制性ニューロンのバランスを機能的に計測できる)を行うと、明らかにGABAaニューロンの活性が低下していることが推定されるので、受容体レベルではなく、GABAの分泌や、シグナル経路の異常がある可能性は高いと考えられる。

私見だが、受容体が正常なら、神経細胞の数は正常にある可能性が高く、GABAニューロンの活性を高めるための介入手段が他にあるかもしれない。

いずれの研究も、では大きな進歩があったかと問われると、難しいところだ。しかし、機能的脳回路の検査に関しても、少しづつ研究が進んで、客観的な評価を行う検査の数が増えることは心強いと感じている。

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