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自閉症の科学19 音楽療法の効果

2019年8月25日

自閉症スペクトラム(ASD)の診断の決め手になる症状は、社会性の障害、言語障害、そして反復行動の3つで、私もこれに異を唱えるわけではない。しかし、言語障害については、発話や会話の障害と、表現能力とに分けて考える必要 があるように思い始めた。というのも、 読まれたことがある人も多いと思うが、 東田直樹さんの有名な著作「自閉症の僕が跳びはねる理由」や、彼が22歳で発表した「跳びはねる思考」などを読むと、その表現力の豊かさに驚き、言語能力障害などと診断するのが憚られる。これは東田さんだけの話ではない。米国の自閉症児Ido君の文章が集められている本「Ido in autismland」を読むと、英語が母国語でない私でも、素晴らしい表現力と想像力だと感心する。特にこの本の最初に、絵本を指差している時お母さんとIdo君とのコミュニケーションが突然成立する感動的シーンや、Ido君が初めて支援者へのスピーチを行った際、聴衆が全員立って拍手喝采を得た事が紹介されているが、これを読むときっかけさえあればこの高い表現能力を引き出せるように感じる。東田さんやIdo君から学べるのは、ASDの子供達は本当は表現したいことをたくさん持っているのに、脳の抑制機能がそれを阻んでいる残念な可能性だ。もしそうだとすると、この抑制を取り除くことができれば、ASD児のコミュニケーションは回復するのではと思う。 

このための一つの方法として長く試みられているのが音楽を通じてコミュニケーションをたかめる治療法で、さまざまなプログラムが開発され、米国やヨーロッパでは数千人規模の音楽療法の専門家まで養成されている。この治療法の背景には、ASD児の絶対音感や、高い音楽能力についての多くの研究がある。ただこの治療法の効果をめぐっては、様々な研究結果が入り混じっているというのが現状で、例えば昨年8月に私のブログで紹介した米国医師会雑誌に掲載された臨床試験研究では、効果が認められないという結果に終わっている。 

今日紹介するモントリオール大学からの論文も、111人のASD児をランダムに音楽療法と、一般のASD治療プログラムに割り振ってその効果を確かめた研究でTranslational Psychiatryに掲載されている(Sharda et al, Music improves social communication and auditory motor connectivity in children with autism (音楽はASD児の社会コミュニケーション能力を高め、聴覚野ー運動野の結合性を高める)Translational Psychiatry 8:231, 2018)。

この研究で用いられている音楽プログラムの内容を評価するほど知識はないが、ドラムなど様々な楽器を与えて子供に自由に遊ばせながら、コミュニケーションを図るプロトコルがセットになった方法で、おそらく確立した方法なのだと思う。音楽療法以外のプロトコルも、ASDに普通に用いられるプログラムで、音楽が中心になっていないだけだと考えて貰えばいい。ただセラピストによるばらつきが起こらないよう、全ての治療過程をビデオに収め、適切に行われたかどうかを調べている。

さらに機能的MRIによる脳イメージング検査を行って、より客観的に改善の程度を評価しようと試みた点が新しいといえる。だいたい10回の治療プログラムを受けた後で、すでに確立されたテストを用いて、コミュニケーション、社会性、ボキャブラリー、家族内での生活の質、異常行動などを評価するとともに、MRIを用いて脳の機能的結合性をしらべている。 

この研究の結論はポジティブで、まずコミュニケーション能力と家族内での生活の質は、音楽治療群のみ大きく改善している。そして、これに対応して聴覚野と運動野の神経結合性が高まっている。私の勝手な解釈で間違っているかもしれないが、音を体の運動に結合させる神経回路が新しく増強されたと考えればいいように思う。このような脳の変化が、学童期のプログラムで明らかに改善させられることは心強い。しかも、聴覚野と運動野の結合性の増強が、コミュニケーション能力の上昇に相関しているという発見は、今後のASDの治療に重要なヒントになるように思える。

もちろんすでに述べたように、ネガティブな結果に終わった治験もあることから、手放しでは喜べない。しかし、今回MRIで測定できる脳の機能が、学童期にあきらかに改善したという結果は、このような時間のかかる行動プログラムの効果を評価するには重要だ。ASD児には音楽的才能のある子供が多い。このルートを利用して、これまで抑制されていた脳回路を活性化したり、新しい回路を開拓する可能性すらある。その意味で、今後ますますASD児の脳回路の研究が重要になるだろう。

この辺の研究を紹介する目的で、少し古い論文になるが、次回は「ご褒美回路」と聴覚について調べたスタンフォード大学からの論文(2013年6月)を中心に、MRIを用いた研究を「自閉症の科学20」として紹介したい。


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