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自閉症の科学31: クリスパー遺伝子操作を用いたサルの自閉症モデル

2019年8月25日
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自閉症スペクトラム(ASD)は、極めて複雑で人間ならではの状態で、だからこそ神経多様性として捉えられようとしている。しかし、ASD研究、特に薬剤の開発や脳機能の解析研究には動物モデルが欠かせない。もちろんこの様な複雑な神経多様性を動物で再現するのはむずかしいため、遺伝的原因で発症するASDと同じ遺伝子を改変した動物を用い、人と動物モデルで共通に見られる症状を探し出して、研究を行なっているのが現状だ。

動物モデルを作る時重要なのは、神経機能に直接関わる分子、例えばシナプスの神経伝達に関わる分子の変異を利用することだ。これにより、比較的単純な(それでも超複雑なのだが)経路に絞ってASDの症状との関係を研究することができる。この様なタイプの変異で比較的頻度が高いのがグルタミン酸受容体が形成される時の基質となるSHANK3遺伝子が片方の染色体で機能を失う変異で、Phelan-McDermid症候群と呼ばれている。自閉症様症状だけでなく、筋力低下、睡眠障害、様々な程度の知能発達障害を示すが、同じ様な症状は多くの遺伝性発達障害でもみられる。

自閉症スペクトラム(ASD)全体から見ると、遺伝的な発達障害は一部に過ぎないが、原因となる機能分子がわかっているという意味で、遺伝的ASDは疾患メカニズムの研究に欠かせない。しかしほとんどのモデル動物は遺伝子改変がしやすいネズミでとどまっていた。たしかにSHANK3欠損マウスは社会性や学習異常を示すが、しかし人間と異なりヘテロではほとんど症状がないため、もっとヒトに近いモデル動物が求められていた。

昨年、クリスパー遺伝子操作を行ったクリスパー遺伝子操作受精卵を移植、出産させたとして中国の研究が一躍注目を浴びたが、これからもわかる様に中国はこの技術の利用の幅広さでは世界一といってもいい。

そしてついに、深セン市先端科学研究所の研究グループはSHANK3遺伝子変異サルを作成し、よりヒトに近い自閉症モデルとして使えることを示して先月Natureに発表した(Zhou et al, Atypical behaviour and connectivity in SHANK3-mutant macaques(SHANK3変異を持つカニクイザルは非典型的行動と神経結合の異常を示す)Nature 570, 326,2019)。

この研究では受精卵のSHANK3遺伝子のエクソン21にCRISPR/Cas9を用いて機能欠損変異を導入し、最終的に5匹のSHANK3変異サルを得ている。それぞれゲノムレベルで起こっている変異は多様で、2匹は異なる変異をもつ2本の染色体が集まる複合ホモ接合体になっていた(あまり言葉を気にする必要はなくようするに遺伝子機能が完全に欠損したサルと考えればいい)。さらに、2匹のサルから精子を採取し、同じ様にSHANK3変異のヘテロ個体を繰り返して作れることも示している。すなわち、金はかかるが、ASHNK3モデルサルを欲しいだけ作れる体制が整った。

さて、症状だが、個体ごとにみられる多様な症状と、全ての個体で共通に存在する症状がある。例えば活動性は全ての個体で低下しており、睡眠障害、特に寝るまでに時間がかかる点は共通している。

社会性を様々な指標で調べると、サルになると正常でもかなり多様な行動を示す。しかし変異サルになると、全ての検査項目で一様に社会性が低下することがわかった。

また筋肉の低緊張もヒトと同じで一様にみられることから、ヒトのPhelan-McDermid症候群にかなり近いと結論できる。

サルでのモデルを用いると、マウスではほとんど不可能な視線を追いかける実験も行える。この結果、視線が落ち着かないという特徴が一様に存在することがわかった。同じ様な症状はASDでは一般的に指摘されているが、SHANK3変異によるASDでは調べられていないので、ヒトでも調べる必要があるだろう。

最後にテンソルMRIで各領域間の結合性を調べ、感情やモチベーションに関わる領域と前頭葉や運動野との結合が低下していることを示している。一方、やはりヒトで指摘されている様に、各領域の内部での神経結合性は高まっている。

以上が結果で、まだ始まったばかりだが、ヒトの症例をかなり反映したモデルができたと言えるだろう。また、サルで初めて見つかる症状も存在することから、今後詳しい解析が進めばそのままヒトの症例へフィードバックできる可能性がある。

なかでも最も期待されるのが、発達過程の解析、そして薬剤などによる介入実験だ。例えば以前紹介した様に、マウスSHANK3変異を用いた研究でロイテリ菌が社会性を改善させる効果を持つことが示されている。ぜひ、サルを用いて組織レベルの変化まで詳しく調べ、新しい介入法の開発につなげて欲しい。

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