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3月5日:中世の歯石の史跡(2月23日Nature genetics掲載論文)

2014年3月5日
普通は中世の「史跡」だろうが、今日紹介するのはタイトル通り中世の「歯石」の話だ。これまでゲノム情報が歴史記述を変革しつつあることを紹介して来た。当然ヒトゲノムに関わる話が中心だが、博物館の標本に残っているコレラ菌のゲノムも歴史を理解するためには重要な資料となることも紹介した。さて、今日はドイツのダルハイムと言う町にある修道院に眠っている中世の人骨の顎骨に残る歯石内に保持されていたタンパク質やDNAを解析したチューリッヒ大学の仕事で、2月23日発行のNature Geneticsに発表された。「え!歯石!」と叫んでしまった面白い仕事だ。タイトルは「Pathogens and host immunity in the ancient human oral cavity (古代人の口内に見られる病原菌と宿主の免疫)」だ。歯石は付着したら削る物だと思っているが、昔はほとんど放置されていた。歯石は決してカルシウムがただ沈着しただけではない。歯肉周囲の歯石は特に炎症から発展してくるため、口内細菌、宿主の様々な細胞、更には食物の残さが混じった戦跡だ。そこにリン酸カルシウムが蓄積する事で、逆に内部の生物由来の有機物を守ると言う、考古学者に取っては理想的な材料なのだ。火山灰で覆われて保存されたポンペイの遺跡を思い出す。この論文でも歯石には死後腐敗過程で侵入してくる細菌などの混入が極めて少ない事が示されている。研究では歯石に残っている全てのDNAの配列決定を種を問わず、ともかく全て読んで、どのような生物が中に存在するかを調べている。同時に残っているたんぱく質も質量分析機を使って調べ、当時の口内で起こっている事を推定している。950−1200年に埋葬されたと推定される骨の中から、明らかに中程度から高度の歯肉炎があったと推定できる骨を選びそこから歯石を得る事で、口内で起こっていた細菌とホストの戦いの有様を再構成しようとする研究だ。示されたデータは豊富で紹介するにはこの紙面では到底足りないが、面白い点だけつまみ食いしてみよう。先ず、歯石中に含まれる99.3%は細菌由来で、ホストの細胞由来の物は0.5%。うまく調べれば抗体やT細胞受容体の遺伝子も調べられる量だ。そして残りのほとんどが食事に由来しており、食生活もある程度推察できる。驚くべき事に、2000を超す異なる生物由来のDNAが認められ、人間が細菌と共生していた事がわかる。とは言え、ほぼ9割近くのDNAが大体100種類程度の口内細菌に由来しており、種類も現代人とあまり変わらないようだ。一種類だけ現代人には存在しない菌もあるようだが、しかしその意味は不明だ。その中で虫歯や歯周病の重要な原因と思われる細菌を探索すると、現代人と基本的には変わらない。私たちが長年ほぼ同じ細菌に悩まされて来た事がわかる。研究では更にタンパク質の解析も行っており、実際に感染現場で細菌から分泌された分子や、それに対する宿主側の反応の一端も捉えている。現在のように口内衛生が行き届いていない時、私たちはどのように細菌に対応して来たのか、更に詳しい解析が進む事を期待したい。幸い読んだ配列を集めて当時の人達の口内衛生を侵していた細菌の全ゲノムを再構築できる量のDNAが歯石内に存在する事も示している。中世の細菌と現在の細菌との比較から多くの事が学べるはずだ。この仕事はおそらくスタートラインで、今後歯石を用いた解析が進むと考えられる。ゲノム解析という自然科学が歴史という人文科学と一体化し始めている事を実感する。「歯石」が「史跡」になる瞬間だ。21世紀ゲノム文明の幕開けを示す論文だとおもう。

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