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3月29日:治験参加者とソーシャルネットワーク(Nature Medicine3月号掲載意見)

2014年3月29日
ちょうど1年前あらゆる公職を退き、私人に戻ることを私が決断した一つの理由は、患者さんたちがソーシャルネットワーク(SNS)でつながり、医療システムの主役になる時代に参画したいと考えたからだ。既にこのページで紹介したPatientlikemeはその典型で、特定疾患の患者さんが集まる会とは違った可能性を持っている。確かにSNSには暴露性、セキュリティーなど様々な問題がある。ただSNSの抱える問題の反対側にとてつもない可能性がある。例えば今大騒ぎになっている小保方さんの捏造問題もそうだ。SNSがなければ秘密を発見できなかったかもしれない。それ以外にも、匿名でないSNSで語る多くの人の言葉にそれぞれの人となりが自ら暴露されて行く。その集まりが科学界と思うと、この問題を梃に日本の科学者、報道、役所の関係をしっかり分析したいと思う。同時にSNSが科学的論文のコモンズ化(一般の人が利用できるデータにすること)を加速させている事も実感する。MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんと科学論文がコモンズ化できるか議論した事を思い出す。当時私は否定的だったが、今は特に医学分野で重要な課題だと思っている。しかし、今日紹介する意見で問題にされている医学治験に対するSNSの問題は考えた事がなかった。ファイザー薬品の臨床研究部門のヘッド、Craig H Lipsetさんの意見で、3月号のNature Medicineに掲載された。タイトルは「Engage with research participants about social media (治験の参加者のソーシャルメディアへの関わり)」だ。問題にしているのは、患者さんが参加する臨床研究の秘密性とSNSの暴露性の間に生まれる対立の問題だ。患者さんの身体を実験台に使ってしか出来ない治験を最も厳密に行う場合、無作為化した2重盲検法が採用される。即ち出来る限り秘密性を上げ、治験参加者を出来る限り「物化」する努力が行われる。しかし人間を物化する事ほど困難な事はない。特に他の患者さんと比べて自分だけ改善しない事がわかったりすると、精神的に参ってしまって病気は悪くなる危険がある。パリ・ネッカー病院の私の知り合いから聞いた話だが、ハンチントン病の細胞治療で実際には幹細胞治療を受けていたにもかかわらず、プラシーボコントロールに回されたと自分で判断して自殺した患者さんまでいたようだ。この状況はSNSが普及し、アメリカでは59%の人がネットを通して健康情報を得るようになった今はより深刻になっているというのがLipsetさんの意見の要点だ。即ち治験の秘密性が暴露される危険が増している。幾つかの例が挙げられている。このページでも紹介した日本発の多発性硬化症に対する薬剤フィンゴリモドの治験が2007年に行われたとき、一人の患者さんがFTY720という薬品名まで出して、治験過程での自分の経験や症状をブログで克明に発信していたようで、当然他の参加者もこれを見て自分と比べたはずだ。また、ベルテックスファーマが行ったC型肝炎薬の治験では、最初の段階で参加者がウェッブ上で議論を行いそれがそのまま発信されている。他にもPatientlikemeに登録する患者さんの多くが参加したALSの治験では治験の論文が出るより前にPatientlikemeでの情報の解析から治験結果が論文報告される自体に至っている。もちろんLipsetさんにもどうすればいいと言う方策はない。おそらく陪審員制度に見られるように治験参加者により積極的な秘密保持をお願いする事が当面の方策だろう。しかしSNSの暴露性をそのまま取り入れた無作為化2重盲検法に代わる新しい科学のあり方を考えるのも21世紀ではないかと思っている。この問題は間違いなく私たちAASJの最重要課題だ。

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