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6月6日:認知機能の老化に及ぼす外国語学習の効果(Annals Neurologyオンライン版掲載論文)

2014年6月6日
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6月4日120万人の初診患者さんの血圧と心血管病との関係を調べた英国の研究を紹介し、英国のコホート研究の伝統と拡がりについて述べた。その時英国では戦後すぐに始まったコホート研究がざらにあることを述べたが、更に上手のコホート研究があった。なんと私が生まれるずっと前1936年にスコットランドで始まったコホート研究で、The Lothian Birth Cohort(LBC)と名前がついている。今日紹介する論文は、このコホートを利用して認知機能の老化に外国語学習は役に立つかどうかを調べたエジンバラ大学の研究で、Annals of Neurologyオンライン版に掲載された。タイトルは「Does bilingualism influence cognitive aging ?(2カ国語学習は認知機能の老化に影響があるか?)」だ。このコホートに登録され生存が確認されている853人が対象で、全員が11歳になった時知能テストを一度受けている。その後71歳から74歳時点でもう一度大学に来て貰って、一般知能、記憶能力、情報処理能力、認知機能、言語能力などを検査するとともに、11歳以降英語以外の外国語教育を受けたかどうか、現在も外国語を使っているかどうか、何カ国語学習したかなどを聞き取り調査し、外国語を学習しなかった群、18歳以前に学習した群、18歳以降に学習した群の3群に分けて、11歳時の知能テストと70歳を超えた時点での認知テストとの相関を調べている。もちろんこれまでにも同じ課題についての研究は数多く行われている。ただ、2カ国語を習うこと自体、家庭環境など様々な因子が介入して来て、検出される効果が原因なのか結果なのかの評価は難しかった。しかしこの研究では語学を習う前に先ず知能テストを行っていること、生まれた年、地域が揃っていること、またスコットランドに移民が流入する前からコホートが始まり、言語的にも比較的均質な集団を扱っているなどの点で、これまで行われたどの研究よりも条件が揃っている。全般的な結論としては、11歳時に測定した知能テストの結果に関わらず、外国語学習は一般的知能、読む能力の老化を防止する高い効果があることが示された。もう少し詳しく見ると、1)記憶や情報処理力にはあまり効果がない、2)IQ(11歳時)が高い場合は早くから学習した群で効果が高い、逆にIQが低い場合は遅くから学習した方が老化を防げる、3)習う外国語の数は多いほど効果がある、4)学習した後使っていなくても効果はある、などだ。外国語の習熟度が調べられていない点が少し難点ではあるが、どの項目で見ても外国語を習って悪い影響があることはないので、外国語教育は老化防止のためにも奨励すべきだろう。もちろん私の年になると既に手遅れで、この様な結果が生活に役立つことはない。しかし、これからの世代の教育政策には重要なエビデンスの一つになるだろう。この論文を読んで私が一番感心するのは、人間の一生をカバーするコホートが行われ、エビデンスを集めようとしている点だ。この研究のように教育の効果を調べたいときはなおさらだ。残念ながら敗戦で社会システムが大きく変化した我が国では、LBCの様な80年近く追跡が続くコホート研究はないと思う。しかし戦後の歩みを語る時、系統だった個人の記録がどれほど手に入るのだろう?現在エコチル調査などが行われているのは知っているが、まだ歴史は浅い。これまで教育についてあまり調べて見る機会はなかったが、我が国の教育行政に人の一生を視野に入れた調査がどの程度反映されているのか調べてみたいと思っている。

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