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6月20日エビデンスを巡る科学者の戦い(6月19日号Nature誌レポート)

2014年6月20日
失われた細胞を移植で取り戻すと言う再生医療の考えは大変わかり易い。私自身、日本で最初の京大再生研の設立に関わった時、目的がわかり易すぎることを心配した。当時クローンヒツジ・ドリーの研究により、ほ乳類体細胞がリプログラムすることが明らかになった。とすると、一つの体細胞から他の体細胞が発生しても問題ない。この風潮を受けて、当時血液が神経になったり、神経が血液になったり、果ては血液が卵子になると言った論文がNature, Cellなどのトップジャーナルに掲載された。全て論文は取り下げられてはいないが、今となっては誰も見向きもしない。これが研究者ソサエティーの強さだ。しかし一般人、特に病気に悩む人となると研究を本当に評価する手段が無いため、少しでも報道された可能性にはわらをもすがる気持ちで期待を寄せ続ける。一方科学者も、可能性としては何が起こっても否定は難しいと考えるようになっているため、ある治療に全く合理性がないと突っぱねることが出来にくい状況が生まれている。我が国でも期待だけ持たせて助成金をもらおうとする研究者に対して、当時文科省ライフ課課長の石井さんの発案で、臨床応用が可能であるとエビデンスがあるプロジェクトだけを選んで推進しようと再生医学実現化ハイウェイプロジェクトが生まれ、私はディレクターを務めた(当然全ての責任は私にある)。苦労したがこのプロジェクトのおかげで、網膜色素細胞移植、角膜内皮移植、パーキンソン病へのドーパミン神経細胞移植は軌道に乗ったと喜んでいる。しかし、わかり易さを悪用して様々な幹細胞移植が世界中で横行していることも確かだ。私を始め多くの研究者は、多くの計画にはエビデンスが無いと思っても冷ややかに眺めるだけの傍観者になりがちだ。そんな無気力を跳ね返し、エビデンスの無い幹細胞治療を阻止すべく果敢な戦いを繰り広げたのがイタリアの幹細胞研究者だ。6月19日号のNature誌はこの戦いについてレポートしている。タイトルは「Taking a stand against pseudoscience(ニセ科学に抵抗する)」だ。発端は、2009年イタリアにスタミナ財団が設立され、骨髄の間葉系幹細胞をレチノイン酸などの含まれるカクテルで培養すると神経へと分化して筋ジストロフィー、パーキンソン病、脊髄性筋萎縮症に効果があると発表して患者さんを集めだしたことに始まる。イタリア厚生省も最初は怪しいと活動停止命令を出し、加えてミケーレ・デルッカを中心に科学者もエセ科学を許すなとキャンペーンを続けた。2012年ミケーレ達とギリシャで行われたヨーロッパの若手研究者のサマースクールに参加したとき、イタリア研究者の強い決意と熱い気持ちに圧倒されたのを思い出す。しかし患者さんの中には治療可能性を閉ざすものとして学界に強い不信感を持つ人達もいる。驚くことに、イタリア政府は患者さんのロビーに押されて昨年5月に臨床研究のために4億円の助成を決定する。この時からミラノのエレナ・カッターノ、ミケーレなどイタリア幹細胞研究者はあらゆるメディアを通したキャンペーンを行い、また様々な法廷闘争を始める。国際幹細胞学界もイタリア研究者を強く支持するメッセージを出し、世界が連帯していることを示した。そしてようやくスタミナ財団に対してEU法廷がこの治療を進めるにはエビデンスが無いと言う判決を下すに至った。これが記事の内容だが、残念ながらほとんど我が国で報道されていない。患者さんの立場に立つと言うことは自分のまわりだけで済ませられることではない。間違いは間違いと一人でも被害が無い様努力することだと彼らの情熱から学ぶことが出来る。知ってもらいたかったのは、この戦いのために、ミケーレ、エレナ他イタリアの主立った幹細胞研究者は、学生、患者団体、政治家、市民運動団体など様々な所に出かけて講演や意見交換を行っている。ただ一つだけ彼らが避けたことがある。それがテレビへの出演だ。もちろんベルルスコーにが全て牛耳るメディアを信頼していないこともあるだろうが、この様な戦いをテレビで感情的に訴えることの危険性を知っているからだ。集会を繰り返し不正を正すなどといった運動形態は我が国では遠い昔の観がある。しかし熱意があれば草の根運動も捨てたものでないことをイタリア魂は示してくれた。翻って考えると、小保方問題もテレビなどの既存のメディアへの過信から始まっている。イタリア人研究者の連帯と熱意に加えて、その冷静さから学ぶ所は多い。最後に少しだけイタリアの幹細胞について私の経験を紹介しておく。2006年キーストンシンポジウムで山中さんのiPSについて初めて聞いた時、友人のイタリア人ジュリオ・コスがこれで政治が変わると喜んだ。イタリアではバチカンの影響でES細胞の研究が禁止され、多能性幹細胞について研究が不可能だった。ジュリオの言葉は山中さんのおかげでようやくイタリアでも多能性幹細胞研究が出来ると言う喜びを素直に表したものだった。ES細胞研究は禁止でもイタリアでも幹細胞研究は盛んだ。今日の記事で紹介したミケーレ・デルッカは遺伝子治療と細胞治療を組み合わせた遺伝的皮膚疾患の臨床研究を行い、世界をリードしている。

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