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10月10日:免疫不全症の遺伝子治療(10月9日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年10月10日

様々な技術を臨床に使い始める時には必ずリスクが伴う。薬剤に関してはリスクを評価する方法が確立しているが、手術を始め新しい治療法はやってみて初めてリスクがわかると言う事もある。私自身がディレクターを務めた再生医療実現化ハイウェイの審査でも、リスクを認識した上でそれにどう対応するのかを明確に示していたプロジェクトが採択された。高橋政代さんの網膜色素細胞シート移植のプロジェクトや、高橋淳さんのドーパミン神経細胞移植プロジェクトは中でも説得力が高かった。一方、技術が確立したので安全性確保に集中するというプロジェクトも幾つかあったが、アピール度が低く採択されなかった。これを安全性無視の決定だと非難されても仕方がないと思っている。実際には予想以上の事が起こる。この時私の頭にあったのがフランスで行なわれた重症免疫不全症(SCID)の遺伝子治療のケースだった。全てのリンパ球の発生に必要な遺伝子γcはX染色体上にあり、これが欠損するとリンパ球が作れない。一方血液幹細胞にレトロウィルスを使って遺伝子を導入する技術は普通の実験室でも利用できる所まで完成していた。これをSCIDの根治に利用する事を強力に押し進めたのが、Fisher達フランスチームで、2000年20例のSCID患者さんのレトロウィルスを用いた治療が行なわれた。結果は上々で、全ての患者さんが正常生活を送れる所まで回復した。ところが、2−3年の間に、なんと25%の患者さんに白血病が発生した。遺伝子を調べると、レトロウィルスがよりにもよって白血病の原因になる事が良く知られていたLMO2やCCDN2遺伝子の近くに飛び込み、この分子を活性化していたのだ。元々ランダムに組み込まれるウィルスがなぜ選択的にこれら遺伝子の近くに組み込まれるのか。大騒ぎになった。しかしこのチームはこの治療がSCIDには最も優れている事を確信し、また白血病になった子供の親も十分治療に理解を示していた事に勇気づけられ、頭を下げる事はしなかった。代わりにレトロウィルスが飛び込んだ先の遺伝子を活性化しない様なベクターの開発へとプロジェクトをスウィッチしていた。そして、ついに新しいバージョンの遺伝子治療について報告したのが今日紹介する論文で、10月9日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「A modified γ-retrovirus vector for X-linked severe combined immunodeficiency (X染色体連鎖性重症免疫不全症の改良型γレトロウィルスによる治療)」だ。今回は9人の患者さんが治療を受けている。不幸にしてそのうちの一人は、治療開始4ヶ月で感染症で亡くなったが、残り全員はリンパ球が回復し、感染も全て治療された。前の20例と比較しても、回復スピードはほぼ同じで、ベクター自体の効率は十分だと評価している。その上で、前回なら白血病が見つかった時期にまだ白血病の発症は見られていない事から、安全性はかなり改善されたと言える。さて問題のレトロウィルスのゲノムへの挿入だが、当時と異なり次世代シークエンサーが利用できる。これを利用して前回のケースと今回のケースでゲノム解析を行ない、新しいウィルスは前回と違い白血病遺伝子の近くに組み込まれる確率が低い事がわかった。元々レトロウィルスが組み込まれる場所に選択性はない。従って、前回のケースは白血病遺伝子の近くにレトロウィルスが飛び込んだ細胞クローンが増殖能が高かったため、身体の中で選択されたと考えられる。とすると、新しいウィルスは期待通り、飛び込んだ先の遺伝子を活性化はしていないと想像できる。勿論更に長期の観察が必要だろう。しかし大きな前進だと思う。私の研究室にも、レトロウィルスを用いた小児の遺伝子治療を目指した研究者がいた。今もその研究を続けているが、ずいぶん励まされた事だと思う。最終的には、治療とリスクに関してどれだけ患者さんとコミュニケーションがとれているかが重要だ。リスクを0にせよと叫ぶ人は多いが、そんな人はエボラ患者の治療のために西アフリカでリスクをかえりみず働くボランティアの事をどう思っているのだろうか。WHOの報告だとシエラレオネだけで既に61人の医療スタッフが亡くなっている。


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