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10月11日:大量培養の背景にあるトレンド(10月9日発行Cell掲載論文)

2014年10月11日

10月9日号のCell誌にMeltonさん達の大量に膵臓β細胞を試験管内で調整する技術の論文がでていた。タイトルは「Generation of functional human pancreatic β cells in vitro(試験管内での膵臓β細胞の生産)」で、淡々としたタイトルだ。成人の膵臓β細胞に匹敵する機能を持つ細胞を多能性の幹細胞(ES,iPS)から誘導する技術について報告する論文で、調整できる細胞数から見ても臨床応用一歩手前まで来たことを報告している。早速朝日新聞の岡崎記者も取り上げていた。この論文の大半は誘導したβ細胞が正常のβ細胞と機能的にほとんど同じである事をこれでもか、これでもかと示すデータで、その意味では岡崎さんの記事も特に問題はない。しかしこの論文の最も評価されるべきポイントは、最後に誘導された細胞の質ではなく、培養自体がこれまでのβ細胞誘導法と全く異なり、3次元培養を用いている点だ。例えば、正常細胞に匹敵するβ細胞が短期間で誘導できると言う論文を、9月11日、Nature Biotechnologyにアメリカのベンチャー企業とカナダの研究所がすでに発表している。培養のプロトコルは一見するとかなり違うが、誘導にかかる日数や必要な培養ステップなどでは酷似している。しかしこの研究はこれまで通り、培養ディッシュに細胞を接着させて分化誘導を行なっている。一方、Meltonのグループは最初から最後まで細胞塊を浮遊させて培養を行なっている。実際よく読んでみると、この3次元培養の詳細は論文を読むだけでは浮き上がってこない。おそらく様々なノウハウが蓄積しているのだろう。この違いに気づかず、ただ「細胞の分化誘導が可能になった。凄い、凄い」などとのんきに受け止める人は、おそらくこの分野が新しい方向を目指し始めている事に気づかないだろう。iPS技術を糖尿病や肝臓障害の細胞治療に使うためには、網膜色素細胞やドーパミン神経誘導よりはるかに多い細胞が必要だ。同じように、iPS細胞自体を実際の医療目的でバンキングするときも多くの施設に分配する必要があり、大量培養が必要だ。私はこの目的には、細胞を浮遊液の中で分化させる培養法の確立が必要だと思っている。プロセス管理、細胞の採取、培養スペースなど多くの面から考えても、2次元培養には限界がある。現在私たちの肝臓内の細胞数を調整しようとすると大きな施設が必要で、数億円のコストがかかる。一方私たちの肝臓は大きいと言っても1.5kgだ。生涯を通して、一億円の食事をする人などこの世にいないだろう。この差を埋める技術の開発が様々な方面で始まっている。現役を退く1年前学術振興機構(JSPS)のプロジェクトの一環としてイスラエルを訪問した。主な目的は当時イスラエルで開発されたヒトES細胞の浮遊培養技術を見学し、日本に導入できないか調べる事だった。見学した印象は、将来のトレンドにかなった素晴らしい方法だった。是非導入したらどうかと日本の様々な分野に紹介したが、結局日本では真剣に受け取られなかったようだ。一方、Meltonが報告した方法はこのES細胞浮遊培養がスタートポイントになっている。ここがNature Biotechnologyに報告された研究と、Meltonの研究を分ける境になっている。この違いがあるから、Meltonもこの方法がヒトに応用する一歩手前に到達した技術だと宣言しているのだ。そのおかげでI型糖尿病の根治も可能になるだろう。子供さんがこの病気にかかった後、研究を膵臓β細胞の誘導にかけた彼の努力が実った瞬間だと思う。再生医学を目指す研究者や企業はこの分野が本当の実用化(低コスト大量培養)に向けて新しいトレンドを模索する方向に向いている事を見落としてはならない。このトレンドが見えていないと、気がついたらガラパゴス化していたことになる。その瀬戸際に我が国もあるように思う。イノベーションは破壊を伴わない革新だから最終的に新しい技術につながらないと言ったのはイノベーションジレンマを書いたクリステンセンさんだ。即ち、トレンドを感じ、今ある技術にとらわれない技術を新たに開発する事が必要だ。我が国で、「アップルは既成技術を集めてうまくマーケティングしているだけだ」などと言っている人を見かけるが、新しいOSの開発を通じたトレンドを作ったことを忘れてはならない。しかし、官民一体で開発された日の丸自動培養装置などを見ていると、もう遅いのではと本当は心配している。


  1. 鈴木可奈 より:

    昨年、長女が2歳で1型糖尿病を発症してしまいました。
    一生治らないと聞いて絶望しました。

    1型糖尿病は本当に治るようになるのでしょうか?

    1. nishikawa より:

      発症してしまった場合、自分の力で元に戻すのは難しいと思います。しかし、2歳なら、必ず細胞移植など新しい方法の恩恵にあずかれると思います。私のところに在籍した大学院生も1型糖尿病でしたが、今外国で研究に励んでいます。低血糖発作だけ注意すれば、新しい根治療法まで普通の生活を送れます。日本には日本IDMMネットワークという活発なこの病気の団体があります。この活動を利用していただいて、根治療法が生まれるまで粘ってください。

      1. 鈴木可奈 より:

        返信ありがとうございます。
        こんな事を聞かれても答えに困るかと思いますが、根治できるようになるには、やはり何十年も後の事なのでしょうか・・・?

    2. nishikawa より:

      原理的には5年ぐらいではないでしょうか。ただ、一般の医療として普及するのはコストの面など、医学以外の問題があると思います。この論文を書いたメルトンさんのお二人の子供さんも1型糖尿病です。子供さんが病気とわかって、この分野の研究を推進しています。また、アメリカの1型糖尿病財団は年間400億円の資金を集め、この分野の研究を促進しています。私も予想が当たることを願っています。

      1. 鈴木可奈 より:

        毎日の血糖管理は大変で、辛いです。
        普通に近い生活が送れてはいますが、やはり以前とは大きく変わってしまいました。
        できる事なら明日にでも完治してほしいです・・・。
        誰か助けてって毎日思いますが、1型は自己免疫の問題もありますし、発症の原因もまだ不明ですし、期待し過ぎてはダメですよね・・・。
        でも1型糖尿病根治の為に研究して下さる方がいるのは、本当にありがたい事です。

        1. nishikawa より:

          生活についてはお察しできるだけです。日本IDMMネットワークにアクセスされたでしょうか。私よりもっと役に立つ情報が聞けると思います。何か直接聞きたいことがあれば、ニコニコ動画として放送して良ければ直接話をすることも可能です。神戸までの旅費はこちらで負担できます。気軽に声をかけてください。

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