これまで旧石器時代人のゲノムというとネアンデルタール人研究を紹介してきたが、もちろん私たちの祖先の旧石器時代人の骨もゲノム研究の重要な対象として研究が行われている。特に、ネアンデルタール人のゲノムの断片がヨーロッパ、アジア、アメリカ人に発見され、我々の先祖とネアンデルタール人が交雑していたことが明らかになったことで、ネアンデルタール人が地球上に存在していた時期に生きていた私たちの祖先のゲノム情報を知ることの重要性が増していた。今日紹介するドイツからの論文は、ネアンデルタール人ゲノム解読の立役者ペーボさんたちが10月23日号のNatureに発表したもので、シベリアで見つかった45000年前の私たちの祖先の全ゲノムを解読した研究だ。タイトルは「Genome sequence of 45000-year-old modern human from western Siberia (西シベリアの45000年前の現代人のゲノム)」だ。おそらく、ペーボさんのところには多くの考古学者からの相談が来るのだろう。経験も豊富だからゲノム解読もスピードアップしているようだ。今回解析された骨は2008年に発見されているが、この骨からDNAが採取され、すでに全ゲノムを40回繰り返して解読できているのに驚く。また、DNAだけでなく、例えば骨のコラーゲンの分析や骨格の検討などかなり総合に行われており、45000年前の先祖が植物、肉、そして淡水魚を食していたことまで知ることができる。論文の書き方も、私たち素人の読者についても配慮がされており、以前より大変読みやすくなっている。若い研究者は関係ないと毛嫌いしないでぜひ読んで欲しいと思う。では、ゲノムからどんなことがわかるのだろう。まず、ゲノムの主は男性で、ミトコンドリア、Y染色体からわかるタイプは、それぞれRハプログループ、Kハプログループと、現在ユーラシアに広く見られるタイプと同じで、確かに現代人の祖先だ。この体細胞ゲノムを、922人の様々な人種のゲノムと比べると、アフリカ人とはもっとも離れている。次に、現代ヨーロッパ人とアジア人で比べると、なんと東アジアの現代人に近く、現代のヨーロッパ人とは遠い。面白いことに、有名なアイスマンなど、8000年以上前のヨーロッパ人とはアジア人と同じぐらい近い。これらの結果から考えられるのは、このゲノムの祖先は、アフリカから北に中東を通ってヨーロッパ、アジアに広がったグループで、ヨーロッパに移動した同じグループはおそらく他の時代に北に移動したグループに征服されてしまったようだ。もちろん誰もがもっとも興味のあるネアンデルタール人との交雑についても調べている。これだけ古い骨だと、ネアンデルタールとの交雑はこのゲノムの持ち主が生きていた時代より後の出来事だったという可能性もある。実際には、現代人のゲノムの2%ほどがネアンデルタール人のゲノム由来である。とするとネアンデルタールとの交雑は45000年より前に起こっていたようだ。さらに、ネアンデルタール人から流入しているゲノムの割合は現代人とさほど変わらないが、ゲノムに残っているネアンデルタールのゲノムの断片の長さは我々現代人で見られる断片より2−4倍も長い。ここから計算すると、ネアンデルタールとの交雑はおそらく200世代遡って、6万年から5万年前に行われた可能性が高い。我々の先祖がアフリカ、中東をへて、西アジアに到達した時交雑が起こったと考えられる。新しいゲノム論文が出るたびに、私たちの先祖の行動が明らかになる。ゲノムがまさに歴史書としての役割を果たしている。しかし正直、こんなことを知る日が来るとは思わなかった。