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12月15日:トンボの予測能力(Natureオンライン版掲載論文)

2014年12月15日
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バイオミメティクス領域でトンボから習いたいということは多い。羽ばたいて飛んだかと思うと、グライダーのように滑空し、ヘリコプターのようにホーバリングしているかと思うと、とんぼ返りして素早く飛び去る。トンボとりで苦労した経験のある人はその飛翔能力の高さに驚嘆したはずだ。これを真似たロボットが開発され、YouTubeで見ることができ、すでに100万回近くアクセスがあるようだ (https://www.youtube.com/watch?v=nj1yhz5io20)。しかし今日紹介するのはトンボの飛翔能力の話ではなく、トンボの脳の予測能力についての論文で、バージニア大学から発表された。タイトルは「Internal models direct dragonfly interception steering (トンボの餌に対する攻撃を内部モデルがコントロールしている)」だ。この論文で答えたかった疑問は、「エサを取るときのトンボの飛翔は、餌からのインプットに反応して調節されるのか、それとも高次中枢機能を有する動物のようにすでにある内部イメージにより調節されるのか?」だ。これまで昆虫の飛翔はミサイルの追尾システムのように、対象の動きに反応的に行われていると考えれていたようだが、そこに著者らは疑問を持った。高速度カメラでトンボの餌とりを撮影してみると、対象に合わせてナビゲーションが起こるのは餌とりの最後の瞬間だけで、餌を感知して飛び出してからかなり長い時間、対象との角度はまちまちで定まっていない。したがって、ミサイルの誘導装置のような仕組みではなさそうだ。考えてみると、餌の方も必死だ。逃げるために当然予想外の行動をとる。それにどう対応しているのか調べるために、トンボの頭と胴体に小さな印をつけ、撮影しながら、餌、胴体、頭の動きを記録し、どう体を調整し、どのぐらいの速さで調整が可能かを調べている。この結果、トンボが餌を追うときは、体の向きは後回しにして、まず目を餌の方に固定するように頭を動かし餌のイメージの振れを抑えていることがわかった。一方体は頭の角度に合わせて機械的に決められる。すなわち、考えなくとも目と体が一定のアルゴリズムで機械的に一体化されているため、飛翔方向が機械的に決まり、これが素早い飛翔調節を可能にしているという結論だ。しかしこれだけだと機械的な制限はあるにせよ、「なるほど、視覚情報に反応しているのか」という話になる。しかし体がついてくる速さを計算すると、視覚から運動神経までの回路を通るための時間と比べてはるかに早いことがわかった。ということは、神経伝達で運動が視覚に合わせて調節されることはあり得ないことになる。飛び出し時点で記憶や本能などに基づく予想が形成され、この予想に従う飛翔を、視覚による小さな頭の動きで微調整するという結果だった。すなわちトンボも予想能力とそれに基づく内部イメージ形成能力があり、それが調節の主役になっているという結論だ。話はこれだけだが、考えるところは多かった。結論はともかく、トンボに印をつけて動きを計測する方法はいいアイデアだ。人間の動きの記録では常套手法だが、この方法により昆虫の飛翔の研究は進むだろう。ひょっとしたら、今よりはるかに恐ろしいミサイルが開発されるのかもしれない。一方結論についていうと、消去法に基づいているのが気になる。神経伝達系より早い反応なので、内部イメージが先にあるはずだという結論の導き出し方は注意すべきだろう。すなわち、これを言うためには、これまでの計測が本当に正しいのか詳細な検討が必要だ。事実、ヒトではリベットの実験という、思いついてから行動するまでの時間を測って、思いつく前から行動が決まっていたという結論に達した有名な実験がある。以前ドイツの哲学者ハーバーマスが京都賞を受賞し、記念シンポジウムで話せと言われた。哲学について話をするのかと思って勇んで行ったら、彼がリベットの実験と自由意志が本当に存在するかという哲学の問題と絡めていたのに驚いた。私としては計測の問題もあり、結論を鵜呑みにしないことが重要だといった気がする。Natureも商業誌だ。一般、特に哲学者が興味を示すような結論を載せたがる。今のところは、面白いお話として読んでおけばいいだろう。

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