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12月30日:セロトニン再吸収阻害剤の副作用の神経生理学的説明(Trends in Cognitive Scienceオンライン版掲載論文)

2014年12月30日

自己分析すると、理系志向と文系志向のバランスが常に揺れ動いていた気がする。学生時代、文系志向が強くなると、不思議と精神科に行こうという気持ちが高まって、様々な精神疾患に関する多くの古典を読んだ。ただ古典が書かれた時代には向精神薬などはほとんどなく、治療戦略は患者さんとの会話を通して病気の原因を探り、それを自覚させて直すという、ロマン溢れたものだった。ただ、臨床実習が始まると、実際の治療現場では患者さんの数があまりに多く、向精神薬を中心とする治療が中心になり、患者さんと相対して時間をかけて治療の糸口を探るといった古典的ロマンを追求することができないことはすぐ理解できた。そんな時理系志向が強まると、病理学に行きたいなど考えたこともあったが、結局どちらも選ばず現実的な進路を選んで今に至っている。このように自分自身の事でも、時々の行動を説明することは難しい。このような揺れ動く気持ちの中で高いモチベーションが発揮されてしまう深刻な例が自殺だろう。揺れ動く気持ちの中で自殺を選ぶというモチベーションの必要な決断をなぜ下したのかについての、真実を知ることは難しい。この問題は科学から程遠いなどと思っていたら、以外と神経生理学的探求が考える枠組みを提供できるという総説論文に出会った。少しマニアックかもしれないが、是非紹介したい。ドイツ マグデブルグ大学からの論文で、タイトルは「Dual serotonergic signals: a key to understanding paradoxicall effects ? (セロトニンシグナルの2面性:セロトニンの矛盾する効果を理解する鍵になるか?)で、Trends in Cognitive Scienceのオンライン版に掲載されている。私もほとんど知らなかったが、現在最も使われている抗うつ剤、セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)は、投与初期と後期で逆の作用があり、初期には時に自殺願望や自傷行為を高めてしまい抗うつ剤としてほとんど失格なのに、投与を続けると副作用の少ない優れた抗うつ剤として利用できるという2面性があるようだ。この総説はこの2面性を説明する神経生理学的仮説を提案する論文で、新しい実験結果を示した論文ではない。この仮説の理解には幾つかの知識が必要だ。まず、セロトニンを分泌する神経細胞は脳幹にある縫線核と呼ばれる部位に集中して存在し、脳内の様々な場所にセロトニンを供給することで多彩な機能を示す。うつ病の多くはこのセロトニン分泌が低下している。ただ、セロトニンは特別なトランスポーターによりもう一度細胞内に取り込まれることで、刺激を低下させている。この再取り込みを抑制するのがSSRIで、これによりセロトニンの細胞外濃度が上昇する。セロトニンを分泌する神経細胞自身にもセロトニン反応性の受容体が出ており、自分の分泌したセロトニンの刺激で、セロトニン分泌を低下させ、刺激が過剰にならないようにしている。これに加えて、細胞外のセロトニン濃度が高値で維持されると、受容体自体の感受性が低下する仕組みが存在し(脱感作という)、刺激が過剰にならないようにしている。この基礎知識を頭に入れて、次に著者らの仮説を見てみよう。

  この仮説は、セロトニンを分泌する同じ細胞がもう一つの神経伝達因子グルタミン酸を分泌し、異なる機能を担っているという発見に基づいて考えられている。セロトニン分泌神経でのセロトニン再取り込みを抑制すると、細胞外のセロトニン濃度は高まる。これにより、抗うつ作用が働き何かをしようとするモチベーションは上がる。しかし、セロトニン分泌細胞はセロトニンにより興奮が抑えられる。このため、同じ細胞の分泌するグルタミン酸の分泌だけが低下した状態が生まれる。この結果、グルタミン酸によって調節されていた喜びの気持ちを通した行動報償系の機能は逆に低下する。ただ時間が経つと、セロトニンが高濃度に維持されることで誘導される受容体の脱感作が完成し、神経興奮は元に戻り、セロトニンとグルタミン酸のバランスも回復する。この結果、SSRIは投与を続けていくと優れた抗うつ剤として安心して使えるという仮説だ。要するに、SSRI投与初期にはセロトニンとグルタミン酸分泌のバランスが壊れ、報われない気持ちを強く感じる一方、行動へのモチベーションが上がっているため、自殺する可能性が上がる心配があるが、分泌細胞自身のセロトニン受容体が脱感作されると、両方の分泌量のバランスが回復し、また感情のバランスが回復して鬱状態から脱することができるという仮説だ。もちろん仮説だけでなく、それを支持する様々な研究結果が引用されている。この仮説も最近神経科学分野を席巻している光遺伝学からの成果から多くを学んでいることもよくわかり、私自身には大変勉強になった。

 しかし、一種類の神経がモチベーションと、報われる喜びをバランスよく調節しているのは驚きだ。それを人為的に少しでも壊すとしっぺ返しがくる。これは重要な教訓だが、自殺のような複雑な感情も神経細胞学を通すと、違った角度から新しく整理できることもわかった。しかし、実際の臨床ではこの危険についてどこまで患者さんに理解させているのだろう。ましてや、服用を中断してまた再開したりするのは危険だろう。一度実態を調べてみようと思っている。


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