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7月18日:オキシトシンの神経科学(Natureオンライン版掲載論文)

2015年4月18日
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オキシトシンが様々な社会行動にポジティブな影響を有し、一過的ではあっても自閉症の症状を和らげることはよく知られており、このホームページでも紹介してきた。たしかに連れ合いへの信頼が深まったり、人付き合いがよくなったりと、行動学的現象は面白いが、この背景にある神経活動を研究するのは難しい。今日紹介するニューヨーク大学からの論文は子供をケアする母親の行動に対するオキシトシンの作用を神経科学的に研究した力作でNatureオンライン版に掲載された。タイトルは「Oxytocin enables maternal behaviour by balancing cortical inhibition(オキシトシンは皮質神経の抑制活性のバランスをとることで母親としての行動を可能にしている)」だ。マウスを飼い始めると誰でも気づくが、初産の母親は子供のケアが下手だ。ケージ交換時、子供はどうしてもバラバラに移さざるを得ないが、子育てを経験した母親はすぐに子供を一箇所にまとめて、授乳を始める。一方、初産の母親は全く無関心で、子供を死なせることさえある。この子供をケアする行動をオキシトシンにより、無関心な初産の母親にも誘導できるという現象を神経科学的に解析したのがこの研究だ。まず、オキシトシン投与、あるいは光遺伝学を用いたオキシトシン産生細胞の刺激により、普通なら無関心の妊娠経験のないメスマウスが子供を巣に戻すケア行動を示すことを示し、ケア行動の開始にオキシトシンが関与していることを示している。このケア反応が、母親が子供の声を聞いて誘導されていることを確認した後、皮質聴覚野のどこにオキシトシンに反応できる細胞が存在するのか受容体に対する抗体を用いて調べ、反応性の細胞が左側の聴覚野に集中しているという驚くべき発見を行った。これを機能的に確かめるために、聴覚野の反応細胞を左右別々に刺激すると、左側を刺激した時だけケア行動を誘導できる。社会行動が片側の脳で決まるとは驚きだ。しかもこの刺激は、社会行動を最初に誘導するときだけに必要で、それ以後のケア反応には関わらないことが明らかになった。このようにして反応神経が特定されると、次はこの細胞が本当に子供のマウスの声に対する反応に関わるかを調べることになる。数多くの神経細胞の活動を計測する方法で、これらの細胞が子供の声にだけ反応すること、また妊娠経験のない母親ではこの反応がないこと、そしてこの声に対する反応をオキシトシンで誘導できることを示している。ここまでくると、あとはこの細胞が脳の他の部分とどうつながっており、どう支配されているかを調べることになるが、詳細を省いてまとめると、オキシトシンに反応する神経細胞は、視床の室傍核にあるオキシトシン産生細胞により刺激され、皮質にある聴覚に直接関わる神経の抑制に関わることを明らかにしている。この聴覚に直接関わる個々の神経細胞がオキシトシン投与によりどう影響されるか、シナプスでの興奮や抑制を最後に調べて、オキシトシンが抑制性の神経細胞をうまく調節して、聴覚神経の刺激と抑制のバランスをとって、その後続く社会行動を誘導することを証明している。一般の方にはわかりにくい話だと思うが、行動レベルの表面的解析を本当に理解するためには、個々の神経を対象としたここまで大変な研究が必要であることを理解していただければ十分だ。脳の話は面白い。しかし、真実の宿る細部まで迫る苦労を厭わないのも生物学だ。

 

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