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4月22日:ras阻害剤開発、傷だらけの30年を乗り越えれるか(4月16日号Nature掲載記事)

2015年4月22日
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今ガン撲滅のために開発が必要な薬剤は何かと聞くとすると、多くの人の答えは変異型rasの阻害剤だと答えるだろう。事実ガンゲノム解析が進むにつれ、例えば膵臓癌の90%、肺がんの25%、大腸ガンの50%と多くのガンがras変異をドライバーとして使っていることが明らかになり、もしras阻害剤が開発できれば、多くの患者さんが救われるだろうと期待できる。ところが、創薬企業にras阻害剤の話を聞いてみると、薬剤開発は諦めたという悲観的な答えが一様に返ってくる。Rasは創薬にとってのタブーでありトラウマになっているようだ。ただ昨年8月1日このホームページでも紹介したように ( http://aasj.jp/news/watch/1950 ) この暗闇に少しづつ日が差してきたようだ。今日紹介するのはこの動きを伝えるためにNatureのNews &Viewsのコラムニストの一人Heidi Ledfordが書いたレポートで、4月16日号のNatureに掲載された。タイトルは「The ras renessance(ras復興)」、傷だらけの歴史から現在に至るまでの歴史をうまくまとめてある。順を追って箇条書きで紹介しよう。

  • rasは動物の肉腫の原因となる発ガン遺伝子として発見された。1982年、rasの突然変異が人間のガンで見られることが最初に明らかになり、その後ガン治療の標的分子として最も期待されているのに、最も創薬が難しい標的分子として現在に至っている。しかしその重要性を考え、アメリカでは1億ドルのプロジェクトが新たに始まっている。
  • rasはGTP結合タンパクだが、生化学的解析が進むとともに、GTPの結合性があまりに強く、この結合を阻害することは至難の技であることが分かった。また、構造解析が進んで、ノッペリとした分子で凹凸が少なく、タンパク同士の結合阻害も難しいことがわかった。
  • そこにras機能には分子をファルネシル化して膜にアンカーすることが必要であることが発見された。これで阻害剤ができると多くの製薬メーカーが取り組んだが、実際の臨床治験が始まると全薬剤が討ち死にした。
  • この失敗の原因は、ガンではK-ras, N-rasが活性化されることが多いのに、ほとんどの研究が膜へのアンカーにファルネシル化だけが関与しているH-rasで行われてしまったことで、ガンで問題になるN-ras,K-rasはゲラニル化が代わりに働いて、ファルネシル化阻害剤は役に立たなかった。
  • 次に期待されたのが、rasが活性化すると細胞死を誘導するため、正常細胞と比べた時細胞死を防ぐ機構を必要とすることに注目し、この細胞死抑制機構を阻害しようとする方向だ。実際多くの論文がこの現象について発表された。しかし最近になって、synthetic lethalityと呼ばれる現象は、細胞ごとに異なっており、創薬ターゲットにならないことが分かった。
  • このような歴史的経緯の結果、大手創薬企業はrasから手を引いた。しかし、アカデミアやベンチャー企業では創薬企業をやめた研究者たちが、in silicoでデザインした化合物や、弱い阻害活性を示す化合物からスタートして地道な探索を始めている。
  • もう一つの方向は、特定の突然変異のみを標的とする探索で、私も8月1日に紹介したカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文では、K-rasのG12C突然変異に効果のある薬剤の開発に成功している。特に、化合物がシステインを介してrasに共有結合するメカニズムは期待が持てる。

 

このように、大手のとらないリスクをアカデミアやベンチャーが取り、それを政府が助成する仕組みがアメリカにはしっかり存在している。我が国の医療研究機構も、なんでも薬作りにつながれば良いと申請を待つのではなく、大きな方針を示すことが最も重要だと思う。我が国の役所は工程表が好きだ。おそらく政治家にわかりやすいからだろう。医療研究機構からも最近工程表が出された。しかし、大きな方向性を示せない工程表ほど有害なものはない。末松さんから大きな方向性が示されるのを期待したい。

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