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6月8日:MERSについて(6月3日号The Lancet掲載レビュー)

2015年6月8日
韓国を不安に陥れているMERSについて、我が国のメディアも連日大きく取り上げている。私自身はこの病気についてほとんど知識がなかったので論文を探していたところ、The Lancetがタイムリーにこの病気について詳しい総説を掲載したので紹介する。英国、香港、米国の大学に在籍する研究者が著者で、タイトルはズバリ「Middle East respiratory syndrome(MERS)」だ。論文に書かれている順序に従って紹介しよう。 1:前書き:MERSは中東で2012年最初に発症が見られたコロナウイルス感染症で、症状やウイルスの性状はsevere acute respiratory syndrome(SARS)に極めて類似している。主に飛沫により感染するが、現在感染しているウイルスでは全世界的爆発的感染は起こらないのではと考えられている。というのも、感染の始まったサウジアラビアには2013−2014年184国から何百万人もの巡礼者を受け入れたが、この巡礼者にMERSの報告はない。 2、患者の認定:中東滞在歴(現在では韓国、中国も含む)のある人が、咳、熱など呼吸器症状を訴える場合は、PCR,血清検査を行い確定診断する。 3、感染状況:第一例は2012年6月サウジアラビア・ジェッダで発見(ただ、9月まで報告なし)。ここから遡って調べられた結果、おそらく2012年4月、13人が感染したのが最初と考えられる。その後10人台の患者数で推移してきたが、2014年4−6月に数百人規模の患者が確認された。今年はこれまで50人程度の患者。 4、ウイルス:コロナウイルスで28-32Kbの大きさのRNAウイルス。ホスト細胞のディペプチジルペプチターゼ4を受容体としてホスト細胞に侵入(これはSARSも同じ)。転写、複製は全て小胞体膜状で行われ、作られたウィルスは小胞体輸送系を用いて細胞外へ運ばれる。ウイルス機能に直接関わらない補助タンパク質はSARSと大きく違っているが、他の点では極めてよく似ている。補助タンパク質の差がインターフェロンの感受性の差と関係していると考えられている(MERSの方が感受性が高い)。もともと変異や組み替えが高い頻度で起こり、この性質のためSARSではコウモリから始まり、様々な種をホストとして広がった。従って、現在爆発的広がりがないと言っても安心はできない。MERSもコウモリ由来と考えられているが、実際にコウモリから分離されたことはない。一方名前の示す通り中東ではラクダに広く感染しており、オマーンでは100%のヒトコブラクダに感染している。ヒトでは2012年に検出されたのが最初で、それ以前分離された血清にも存在しないが、サウジアラビアのラクダの血清には1992年から検出できる。現在のところ、動物からのMERS感染ルートはこれが全てと考えていい。 感染と症状:韓国の例にもあるように、ヒトからヒトへの感染は濃厚な飛沫感染によるもので、病院で感染することが最も多い。これは潜伏期に感染する率が低いためと考えられる。家族内感染率について調べた論文では4%の家族に患者から感染していることが示されている。一方、例えばサウジアラビアの透析施設で23人が感染し、60%が死亡している。透析もそうだが、糖尿病など基礎疾患のある場合、感染率が高く、症状が重く、死亡率が高い。実際75%の感染者は基礎疾患を持っているという統計がある。従って、基礎疾患を持つ人や高齢者は最初から自分はかかりやすいと思っておいたほうがいい。最初は風邪と同じ症状で始まり、1週間で肺炎に至り、呼吸不全で死亡する。腎臓にもウイルス受容体が発現しており、症例によっては一次的、二次的腎不全も併発する。また下痢などの症状のある場合もある。一般検査はウィルス性肺炎と同じで、リンパ球減少がみられ、典型的肺X線像を示す。LDHやクレアチニン上昇など肝臓や腎臓の検査所見も伴うことが多い。ウイルスは血中や尿中にも認められることはあるが、圧倒的に気管分泌物に多い。重要なのは気管からのウイルス分泌は発症後1ヶ月にもわたる点で、予防にとって重要。確定診断は、PCRと血清検査で行える。PCR検査について言えば、各医療機関は様々な部位からサンプルを採取してウイルスを検出することで、病気の進展を推し量れる可能性がある。 治療:MERS特異的治療はない。サルの感染実験で、インターフェロンαとリバビリンの組み合わせがウイルス量を減少させることが知られているが、他の方法も含めて実験段階。中でも期待できるのは、ヒト型モノクローナル抗体。 予防:外科用マスク着用が一番効果がある。また、防御メガネも有効。あと中東などで行われている、ラクダ繁殖時の予防措置の徹底などは我が国には参考にならないだろう。 今後の問題:現在のところMERSはウイルスが完全に人に適応していない。ただ、ウイルスの性格からこの可能性は残っているので、ウイルスの変化を注意深く調べることが重要。その間に、抗体など治療法の準備を行うことが大事だろう。 私の感想:2012年に初めて報告されたとはいえ、研究はかなり進んでいる。感染率はまだ低く、十分予防も可能なうちに、政策的に押さえ込むことが重要だろう。むやみに恐れることはないが、相手をよく知って用心を怠るなという段階ではないだろうか。

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