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6月13日:考古学と歴史科学(6月11日号Nature掲載論文)

2015年6月13日
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広い意味での過去についての研究を指すギリシャ・ラテン語のhistoryと違って、それに対応する日本語の歴史は「史」、すなわち書かれた記録に限定して考えられてきたようだ。従って記録のない有史以前は「考古」、すなわち古代を考えるだけの学問になってしまい、ギリシャ・ラテン語の古代研究archeologyと比べた時、最初から科学性が失われた感じがする。我が国の考古学がこのような用語に左右されて世界に取り残されることがないよう祈っているが、今日紹介する6月11日号Natureに掲載された2編の論文を読んで、古代の遺物のゲノムを研究できる時代に入って新しい「史」の学問がarcheologyを変えつつあることを実感した。一編はデンマークの自然史博物館を中心とする国際コンソーシアムからの「Population genomics of Bronze Age Eurasia(青銅器時代ユーラシアの集団ゲノミックス)」(以後論文1)、もう一編はオーストラリアアデレード大学を中心にドイツ、アメリカチームの論文「Massive migration from the steppe was a source of Indo-European language in Europe (ステップ地帯からの大移動がヨーロッパでのインドヨーロッパ語の起源)」(以後論文2)だ。両方の研究とも、各国の博物館が収集した新石器時代から青銅器時代(BC8000−3000年)の多数の人骨のゲノムを調べ、ゲノムに残る系統や交雑記録を調べて、当時のヨーロッパからアジアの人的交流を解明しようとしている。ゲノムの解析方法を読んでみると、正しいゲノム情報を読み解くための改良が不断に行われていることがわかる。特に論文2ではSNP変異がわかっているゲノム領域に絞ってシークエンスを行う方法に様々な改良を加え、同じ箇所を平均で250回読むことで、69体について39万SNPを正確に判定することに成功している。ではこれらの解読結果から何がわかったのか?論文1、2区別せず面白いと思った結果だけを幾つか列挙しておこう。1)これまでインドヨーロッパ語は中央ロシアに始まるヤムナ文化がヨーロッパへ移動してヨーロッパに伝わったと考えられてきたが、青銅時代ヨーロッパの縄目文土器文化人はヤムナ文化人と石器時代ヨーロッパ人の交雑で形成されていることが明らかになり、インドヨーロッパ語のヤムナ文化起源説を裏付けた。2)現代ヨーロッパ人はこの時形成された縄目文土器文化人に近いが、サルディニアやシチリア人は石器時代ヨーロッパ人のゲノムをより多く有している。3)青い目は石器時代のヨーロッパ現地人の性質だが、ミルクに対する乳糖耐性はヤムナ文化人を起源としている、4)タリム盆地にぽつんと存在するインドヨーロッパ言語のトカラ語はヤムナ文化人のゲノムがこの地区のアファナシェヴォ文化人に入っていることから、ヤムナ文化起源であることがわかる。などなどで、全部紹介していたらきりがないし、また論文でも全部紹介しきれていないだろう。ゲノムが情報で、嘘のない「史」であることを考えると、その価値は計り知れない。我が国も「考古学」という言葉を捨てて、科学的な古代学へ転換する時期が来ているのではないだろうか。

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