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11月20日:若年者のガンと遺伝体質(11月19日号The New England Journal of Medicine掲載論文)

2015年11月20日
かつて私が委員長をしていた京都賞1次選考委員会で小児の網膜腫瘍の遺伝学的解析からガン抑制遺伝子Rb1の存在を予言したKnudsonさんを選んだ話を昨年9月26日紹介した(http://aasj.jp/news/navigator/navi-news/2216)。Knudsonさんが予想した、「多くの子供のガンには遺伝的な体質が背景にある」という考えは、次世代シークエンサーが診療に導入されるとますます検証されやすくなっている。今日紹介するセントジュード病院からの論文は20歳以下のガン患者さん1120人のゲノムを調べ(がん細胞のゲノムではなく正常細胞のゲノム)、若年者のガン患者さんがどの程度遺伝的背景を持つか調べた研究で11月19日号のThe New England Journal of Medicineに掲載された。タイトルは「Germline mutations in predisposition genes in pediatric cancer (小児ガンの素因となる遺伝子の突然変異)」。繰り返すが、この研究の対象はガン患者自身のゲノムで、ガンのゲノムではない。患者さんの正常細胞からゲノムを調整して、ほぼ半分の患者さんは全ゲノムを、残りの半分はタンパク質に翻訳される全エクソームを解読している。こうして得た配列情報から、これまで明らかにガンの素因として特定されている565個の遺伝子について、ガンの原因になる突然変異がないかをまず調べている。結果は、95人(8.5%)の患者さんが、いずれかの遺伝子の突然変異を素因として持っている。これは、ランダムに選んだ健常人で見られる頻度1%と比べるとかなり高い。素因としての突然変異のほとんどはKnudson さんが予測したガン抑制遺伝子で、p53,APC,BRACA2と続く。しかし、明らかに遺伝的なこの素因は血縁者にガンが多いかという家族歴からは半分以下しか予測できない。従って、将来小児のゲノムやエクソーム検査を前もって行って危険性を予測することは、治療戦略にとっても重要だろう。詳細なガン遺伝子のリストを省くと話はこれだけだが、実際には8.5%の中に把握しきれていない突然変異が数多く存在し、詳しく検討すればこれらもガンの素因と特定される可能性が多い。従っておそらく10−20%の若年性のガン患者さんには何らかの遺伝的素因があるのではないだろうか。さらに、今年8月5日に紹介したように、もう少し効果は低いが、ガン体質に貢献する転写領域の突然変異も素因として働く可能性がある(http://aasj.jp/news/watch/1967)。とすると、若年性のガンの発ガン過程を理解するためには、この素因となる変異を知る必要がある。もちろんこれを知ったからといって、今有効な手立てがあるわけではない。しかし、臨床医学が科学である以上、医師として知らないで済ませる問題ではなくなると思う。    我が国も今月ゲノムを用いる医療の実用化をはかるための委員会が厚労省でスタートしたようだが、ようやく委員会をスタートさせて、また例によって議論が延々と続くと予想される状況ではおそらく10年遅れてしまっているだろう。私の友人に聞くと、個人ゲノムのエクソーム検査ならもう5万円は切っている。おそらくPCR検査よりはるかに安くなっていくだろう。そんな時、ようやく実用化のタスクフォースと聞くと、我が国がゲノム後進国であることを思い知り、暗澹たる気持ちになる。将来を見据えて政策を立案する力を役所に回復させることが最も重要な課題だと思う。

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