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1月7日:発がんの遺伝性を調べるコホート研究に見るヨーロッパ医学の伝統(1月5日発行アメリカ医師会雑誌掲載論文)

2016年1月7日
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「親戚にガンにかかった人が多いので、私にはガン体質がある」という話をしばしば聞く。個人ゲノムの解読が進むことで、このガン体質の本体が徐々に明らかになっているが、実際に各個人のゲノムが発がんにどの程度寄与しているのかを調べるためには、ガンの発生率を近親者間で比べる必要がある。このような研究の究極が双子研究で、ゲノムがほぼ一致している一卵性双生児から、2卵性同性、2卵性異性と順番に遺伝的違いが大きくなる。さらに都合のいいことに、双生児の多くは同じ環境で育てられ、環境要因を揃えて計算することができる。ただ難点は、十分な母数を得ることで、多くの国が大規模な双生児のコホート集団を設定している。
  今日紹介するハーバード大学からの論文は北欧4カ国の双生児コホート集団を用いてガンの発生率を調べた研究で、1月5日発行のアメリカ医師会雑誌に掲載された。タイトルは「Familial risk and heritability of cancer among twins in Nordic countries (北欧諸国の双生児のガン発生の遺伝的リスクと遺伝性)」だ。世界各国で双生児コホート研究は続けられており、同じような研究はこれまでも行われてきたはずだ。ただ、今回の研究の驚くべき点は、なんと1870年から双生児の正確な登録が存在し追跡できることだ。この研究で使われた記録は、デンマーク1870年、フィンランド1875年、スウェーデンで1886年、そしてノルウェーでは1915年から記載が始まっている。1868年が明治元年だから、明治時代から正確な出生記録が残っていることになる。更に重要なのは、この4カ国で正確なガン登録が行われてきたことで、この2種類のデータがセットになって初めて、この研究が可能になっている。ようやく全国的ガン登録が始まった我が国を考えると、ヨーロッパと我が国の近代に対する考えの大きなギャップを知ることができる。いずれにせよこの整備された登録のおかげで、北欧4カ国で一卵性双生児8万組、2卵生双生児(同性)12万組を追跡することが可能になっている。
  結果はこれまでと同じで、ガン体質は確かにあるという結論だ。生涯をとおしてガンにかかる率は北欧で32%だが、片方がガンにかかった双生児の場合は2卵生で37%、一卵性で46%と高くなる。同じガンにかかる率は、ガンによってまちまちで、双生児間で一致率がはっきり高い、頻度の高いガンは前立腺がん、乳がんで、肺がん、皮膚ガン、直腸癌などは遺伝性は認めるが弱いという結果になっている。頻度の低いガンの中で睾丸腫瘍と悪性黒色腫は特に双生児の一致率が高い。一方、同じ環境で育った双生児については環境要因を計算することが可能で、予想通り肺ガンでの環境の寄与は大きいという結果だ。
  全ての北欧諸国が同じかどうかわからないが、スウェーデンでは拒否を前もって表明しない限り、死後の組織を医療や研究に利用できるようになっている。とすると、今後ゲノムも含めさらに詳しい検討が行われるだろう。21世紀、様々なレベルの人間についての情報を統合する試みが進むと考えられ、その意味でコホート研究はゲノム研究とセットになると思っている。この時、人間を記録するコホート研究についてのヨーロッパの長い伝統は大きな財産になるだろう。事実、医療統計学の母はナイチンゲール、父はケトレー(ケトレー指数:BMIの提唱)だと私は思っているが、ナイチンゲールが統計学を駆使したクリミア戦争は1854年、ケトレーの有名な著作が1835年の話だ。コホート研究を目にすると、この伝統を思い起こさざるをえない。

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