今日紹介するロチェスター大学からの論文は、細胞外のカリウム濃度が睡眠と覚醒のサイクルを反映しており、この濃度差が脳全体の興奮性を調節している主因であることを示した研究で、4月29日号のScienceに掲載された。タイトルは「Changes in the composition of brain interstitiall ions control the sleep-wake cycle(脳間質のイオン組成が眠りと覚醒のサイクルをコントロールする)」だ。
これまでの研究で睡眠—覚醒サイクルに応じて脳脊髄液のカリウムを始めとする電解質の濃度が変化することが知られていた。ただ、この変化は脳細胞の活動性の結果が反映されていると解釈されていた。この研究では、脳のスライス培養をノルエピネフリン、アセチルコリン、ドーパミン、オレキシン、ヒスタミンが混合されたカクテルで刺激すると、確かに細胞外のカリウム濃度が上昇することを示した上で、次に神経興奮を完全に抑えるテトロドトキシン存在下でもこのカリウム濃度上昇が起こることを発見した。すなわち、カリウムの上昇には神経細胞自体の興奮は関わっていないことが明らかになった。
次に同じことが生きた動物の脳で言えるのか調べるため、まず脳内の細胞外液の様イオン組成を調べてみると、1)覚醒時にカリウムが上昇、カルシウムとマグネシウムが低下すること、2)麻酔剤イソフルランで睡眠を誘導すると、これに呼応してカリウムが低下、カルシウム、マグネシウムが上昇すること、3)麻酔剤に最も早く反応するのがカリウムで他のイオン変化は遅れること、を見出している。
最後に、睡眠覚醒時の脳間質液のイオン組成の分析に基づいて、睡眠時と覚醒時に対応する間質液を人工的に作成し、例えば覚醒しているマウスの脳脊髄液を睡眠時のイオン組成に変化させると眠りを誘導できること、逆に睡眠時の脳を覚醒時のイオン濃度に晒すと覚醒することを発見した。これらの結果から、脳脊髄間質液のイオン組成が覚醒睡眠サイクルを決める重要な要因であることが初めてわかった。
もちろん、この電解質濃度のシフトを調節するメカニズムの解明には、さらに研究が必要だ。とは言え、このようにまだ現象論的研究だが、おそらくイソフルラン麻酔剤による睡眠の誘導、その後の覚醒の二つの状態を、脳の細胞外液を変えることで得られるという発見は大きな前進に思える。
例えば、昏睡状態で脳幹の活動が停止している人の脳脊髄液はどうなっているのか?また、覚醒型のイオン組成に変化させれば何が起こるのか、私の脳でも覚醒される。